烏鷺

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夕に綻ぶ 42

部屋は白い布と花々で飾られ、壁寄りの中央に棺が置かれた。
そのために仕立てられたかのようなドレスに包まれ、香澄は眠っている。
最後に会ったのは何年前だったか。
均の記憶にあるよりその姿は若々しく、老いも病も感じさせない。
それがエンバーミングだった。
あまりにも安らかな顔であるがため、却って何の感慨も湧かず均はただ一瞥しただけであるが、
玲子は息を呑んだ後、暫しの間凝視していた。
「おきれいな方なのですね」 順子が呟く。
「最高の死化粧だわ」 玲子が言った。
無論エンバーミングは整形ではない。香澄は香澄のままで、実際に彼女は美しかった。
だがその遺体は美し過ぎた。
玲子は均を見る。均は肩を竦めて見せる。
元妻の凍りついた表情を、均は彼女が香澄の恋人であったがゆえと思う。
そうではないと知るに、その後数年を要する。
瑛太は悟と並んで棺の前に立った後、弟と一緒にその傍を離れた。
弟がテレビのある控室に誘えば迷いもせずついていくので、
彼にとって祖母と過ごした時間は既に過去のものなのだと、大人等は密かに安堵する。

ポットのお茶が数回取り替えられ、サンドイッチの器が花かごに置き換わり、
葬儀は終わった。
納骨先は香澄が指定していた。
何もかも、そこで完結するような、葬儀であった。
均が「終わったな」と玲子の横で言った。
玲子は黙っていた。


忌明けを待って相続手続きに入った。
法定相続人は均ひとりである。
順子が驚いたように「玲子さんは」と言い掛け、口を噤む。
今は自分が彼の妻であり、その妻にさえ相続権はない。
「大丈夫。後でちゃんと話をする。彼女にだって権利はあるさ」
均は順子が厭わない限り、手続き上で彼が知り得た事は全て伝えた。
母の仕事で世話になっていた弁護士や税理士と面談し、
指示通りに動けばいいだけの事であったが、判断は均がしなければならなかった。
資料を広げている時に、初めて順子が口を開いた。
「ここ」
「うん?」
「この家も そう?」
「ああ 母が住んでいた。……俺が育った家でもあるが」
「今は?」
「ずっと空き家だね。これも処分しないと」
「ここに」 順子は言った。
言ってからまだ決めかねているように、図面をめくる。そして言う。「住めない?」
「なんだって?」
「部屋数が多いわ。ここに私たちたちと玲子さんと 住めない?」
「なんだって」
「庭もある。改築か増築かして 玲子さんの方に水回り設備を足してもいい。
住所はどこだったかしら? あなたたちの会社からどれほどになる?」
今より遠くはなるが通勤圏内ではあった。
「しかし」
「勿論玲子さんに訊かなくてはね。でもきっと」
「いや」
「駄目ならいいの。訊いてみて? それとも私が」
玲子以前にまず自分だろうと均は思う。だがあまりに急な事で決められない。
最初強く否定したが、それはあり得ないという反射的反応で理由はない。
「だって ね? こんな不動産があって お金を払って借りているなんて変だわ。
今はまだいいけれど 子どもたちにも個室が必要になるわ。
それに 一緒に住めば私 玲子さんのお手伝いが出来る」
「子どもか」
「悟も瑛太も もうそんなに手が掛からないもの」
「一緒に育てるのか」
「そういう事になるかしら」
賃貸に住み続けるのが変だと彼女は言うが、
妻と元妻と同じ家に住む事こそ変ではないだろうか。
だがそれを理由に両断してしまう事は躊躇われた。
玲子と繋がっていたいと思ったのは事実なのだ。
「玲子に」 均は言った。「訊いてみよう。君からの提案だと言って」






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by officialstar | 2015-05-01 15:42 | 夕に綻ぶ
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