烏鷺

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夕に綻ぶ 41

そしてその日は来た。

夕方病院から連絡が入った。
誰も間に合わなかった。
葬儀会社には病院が連絡した。
諸々の処理と手続きの後速やかに搬送が行われ、均は遠ざかる車を見送るだけだった。
すべて当人の希望だと伝えられた。
翌日に打ち合わせに来てくれと言われた。

いつもどおりに出社し、休暇の申請と挨拶を済ませ、葬儀会場へと向かう。
順子は子どもたちを送り出してから玲子と合流する。
真っ先にエンバーミングの事を確認された。
それが母の希望ならと同意を伝える。
「葬儀の日程はどうなさいますか?」
「特に遠方の親族とかいませんが」と言うのを、担当者は首を傾げて聞き、
それから手元の書類に目を落す。
「告別式は最小限に と覗っております」
「え?」
「いわゆる家族葬といいますか…… 身内だけで送って欲しいとの事です」
「それは 母が?」
「勿論」
均は呆然とする。担当は暫く待っていたが、やがて口を切る。
「何か不都合が?」
「いえ」 均は知らず俯いていた頭を上げる。「いえ。母がそれでいいのなら それで」
「では詳細を詰めさせて頂きます。先に会場をご覧になりますか」
腰を上げたところで順子たちが到着した。
そのまま部屋の外に出た。
エレベーターに向かいながら均は家族葬の件を伝える。
玲子もそれは聞かされていなかったようだ。均同様驚いた後で「それでいいなら」と言う。
順子は黙って頷いた。
こじんまりとした会場に案内され、説明を受ける。
祭壇のパンフレットを眺めながら玲子は「ではなんのための」と呟く。
それは均も思う。最後の虚勢かと思われたエンバーミングだが、弔問客が来ないのでは意味がない。
狭い部屋につりあう祭壇はせいぜいが花を一杯に飾るぐらいしかない。
「そうですね 無宗派で覗っておりますので そちらのタイプがよろしいでしょう」
「無宗派?」
「宗教儀式は要らないという事です」
「戒名は」 玲子が問う。
「それも要らないと」 手元のファイルを慌ただしく捲って答えた。
家族との意思疎通がないと知り、不安になったのだろう。
答えた後も何度も目を走らせている。
「らしいと言えばらしいわね」 玲子が、彼にも聞かせるように言った。
均も頷き、順子を見た。
順子は「ではそうなさったらいいわ」と言った。
「具体的に決めていきましょう」と控室に移った。
資料を置いたテーブルを囲む。
弔問客もなく宗教儀式もないのであれば、時間を何かで埋めなくてはならない。
通常は家族葬といっても親戚ぐらいは集まるものだし、読経など式進行もある。
だが彼らには何もなかった。
「音楽を流しましょう。お好きなジャンルはありますか」
均は玲子を見る。玲子は困ったように首を振る。
「ではクラッシックなど見繕っておきます。お食事はいかがいたしましょう」
「紅茶かコーヒーをポットで用意して貰えるかしら? サンドイッチと 何か甘いもの」
「ああ いいですね。アフタヌーンティーっぽく出来ないか訊いてみましょう。
そういう葬儀があってもいいと思いますよ 個人的に」
いいわね?と玲子は均を見る。均は順子を見る。順子は微かに笑う。
憂鬱が少し晴れ、無意識の緊張が解けた。
そこに母親の遺体があるというだけで、いつもの時間と変わらないのだ。
「あら じゃあ 着物は着なくていいのね」と順子が言った。
彼女もまた寛いだ気分になったのだろう、声が明るかった。
「そうだね 子どもたちの服も適当でいいね」 均は言った。
「お子様方がいらっしゃるのなら ジュースも要りますね」
人数の確認をして、打ち合わせは終わった。






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by officialstar | 2015-04-07 11:36 | 夕に綻ぶ
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