烏鷺

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夕に綻ぶ 40

定時で仕事を終え、玲子と病院で待ち合わせた。
主治医が時間をとってくれた。話を聞く。
悪い方で安定している、と言った。回復は望めないが、今日明日という事はない。
均はただ聞く。目的は確認と、玲子に会う事だった。
廊下に出て「夕食でも」と言う。
玲子は「ごめんなさい 食欲ないの」と断る。
均が気まずげに口ごもるのを遮った。
「いいえ そうじゃないの。香澄が気掛かりとか そういう事じゃないの。
食べられるものが限られているのよ。安心した場所で少しずつ食べるのが いいの」
言い含めるように、均の目を見つめながら言う。それは彼女の癖だ。
分かっていて何を読み取ればいいのか、見つけられない。
短く挨拶をして別れた。
帰り道に酒肴になるようなものを見繕う。
子どもたちに突かせながら、グラスを傾けた。
「それって……」 均から玲子との会話を聞いた順子が言い掛ける。
「何?」
首を振り、子どもたちがテレビに向かうのを待った。
それから「つわりじゃないかしら」と言う。
「え」
「早く子どもが欲しいという話は前に聞いたわ」
「俺も」
頷くが、それはその事実を肯定しただけのものだ。
しかし順子はそれで妊娠そのものを決定させてしまった。 
「それじゃ無理はさせられない」 静かに、重く順子は言った。
均は玲子の口から同じ言葉を聞いた事を思い出した。
無理はきかない 無理はしたくない。
「やっぱり……か」 
それは均も望んだ事ではなかったか。
だが今この時という状況のせいか、祝福はなかった。
玲子が離れて行ってしまう。香澄という共通の存在もなくなれば、自分たちは他人だ。
黙り込んだ均の手に、順子は掌をそっと重ねた。
「大丈夫。私 頑張るから」
玲子の不在を恐れていたのは順子も同じだ。
「一緒に な」
ええ と順子は均の手を一度握って離し「お茶漬けでも?」と訊いた。

玲子にどう声をかけていいか分からず連絡出来ないでいた。
翌々日玲子からメールが入る。前日病院に寄ったが、相変わらずという報告だった。
均はありがとうと返信し、「身体を休めてくれ」と送った。
『分かった?』『順子が。ではおめでとうと言っていいのかな』『私が望んだ事だから』
ただ少し間が悪かっただけ。
それは均も同感であったが、あえて反対を言う。
『君に甘えてばかりいてはいけないということだ』
日曜日にと玲子は送ってきた。そちらに行く。それまで何も変化がなければ。
そこから「待つ」というだけの時間が過ぎた。
何かが湧きあがろうとしているのに、穏やかな水面を眺める日々。
為すべき何かを懸命に探そうとする焦りと、諦めに似た怠惰な気持ちがせめぎ合い、
その力があまりに拮抗しているがために、何も動かない。
せめてもと病院に寄り、ドアに掛かった面会謝絶の札を見て帰る。
日曜日玲子が来た。順子が体調を気遣う。
「軽い方だから」 食の好みが偏るだけだと玲子は言う。
その話題が途切れると、沈黙が漂う。
均が切り出した。
弔問客はどれくらいになるだろう?
交友は殆ど断ってしまっているから仕事関係が主になると玲子は答えた。
委託している事務所の方が詳しいだろう。親戚づきあいもない。
別れた夫、つまりは均の父親だが、その連絡先も分からない。
「それほど構える事はないと思う」 玲子は順子を見て言った。
均と順子は式も挙げていない。だからつまりそういう事なのだと。
しかし一方で二人の披露目の意味も出てくる。
自分は表には立たない。「子どもたちの世話は引き受けるわ」
「子どもたちには…… いつ」 妊娠を告げるか。
「今回の事が終わってからでいいでしょう」 玲子はまだ目立たない下腹部に手を当てた。
子どもたちはどう受け取るだろう。均は考える。
だがそれはその後の玲子次第なのだ。新しい家族が増えるのか、玲子を盗られてしまうのか。
「結婚は?」 均は訊いた。
「しないと言ったでしょう」
「妊娠の事は」 重ねて問う。くどいと自分でも思うが、訊かずにはいられなかった。
「言わない。これきりになるわ。将来親権の事など言い出されても面倒だもの」
そっと順子が割り込んだ。
「玲子さんには」 玲子の手に触れて言った。「私たちがいるわ」
玲子はその手を握り取る。絡む二人の指を、均は見つめた。
ひどく幻想的に、映る。







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by officialstar | 2015-03-21 10:26 | 夕に綻ぶ
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