烏鷺

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夕に綻ぶ 33

均と順子は『夫婦』でないままだ。この先それが変化するとも思えない。
友情と愛着を感じてはいたが、性的な兆しは一切ない。
それはむしろ坂下に対して顕れていた。
時々夢を見る。夢の中で抱き締められる。それはとても心地よい抱擁だった。
坂下のものか誰のものか分からない手に身体を触られる。
その記憶は恐らくは玲子や佐央理や、或いはもっと以前の女性によるものだろう。
しかしそこにいるのは坂下だ。
甘い倦怠のうちに目覚める。坂下がいればと思うそばに、いないからだと理解している自分がいる。
それでもその代わりを順子に求める事は決してない。
順子が均を祥吾の代わりにしようとはしないように。
「どうであれ 一般的とは言えないだろう?」 均は言う。
「そんな事どうでもいいわ」 誰にというわけじゃない。順子は呟く。「玲子さんがいてくれたら」
「楽しい?」
「私ずっと強くなれる気がする」
そう言って、それがまるで失言であったかのように、順子は話を打ち切る素振りをした。
引き止めたい気持ちは均にあった。だが追及するほどに理解も出来ていない。
順子は玲子に惹かれているのだろうか?
玲子の嗜好を考えると、それは危うい予感も含んでいたが、だが順子は知らない筈だ。
ただ純粋に憧れているのだろう。玲子は順子と真逆の女性だ。
強い。玲子は順子より強いと言えるのだろうか。順子とて決して弱いわけではない。
その面差しや雰囲気に惑わされるが、順子にはしっかりとした芯があるように見えた。
だからこそ、なのか。
「君は」
「え?」
均は呑み込む。君は僕を独り占めしたいとは思わない?


季節の行事や誕生日、そしてなぜか均と順子の結婚記念日にも、玲子は訪れ参加した。
夏か秋か冬のいずれかに旅行に行く。
玲子は子どもが欲しいと言っていたのに、その気配もない。
均は彼女の順子への接触を観察する。その視線に気づいた玲子は挑むように順子に触れ、笑う。
その真意は分からない。だが順子は均により玲子に寛いでいる風に見える。
友人とも違う。姉だろうか。
玲子もまた均に対しては「気遣い」であったものを優しさとして順子に注ぐ。
瑛太は知らない間に文字を覚え、数字を覚えた。時計を読み、お金を数える事も出来る。
悟が入園し、一年後瑛太は小学生となる。
優秀という点で瑛太の方が上だった。一度??れば悪い事もしない。問題もおこさない。
やんちゃな弟相手に時に喧嘩しながらも、よく面倒を見る。理想の家族が出来上がりつつある。
玲子の存在は不協和音にはならず、アクセントとして譜面に溶け込んでいた。

そんな中を一陣の風が吹き抜けた。
均の母親の不調だった。入院先の病院から連絡が入った。
諸々の手続きの為に均は出向かざるを得ない。
母親にどんな顔をして会えばいいのかと悩んだが、それは無用だった。
先に玲子が来ていた。
「香澄はあなたとは会いたくないそうよ」
「……」
「その点は評価してあげてもいいのではなくて?」
「え?」
どんな会話が交わされたか均は知らない。
医師から揃って話を聞く。夫婦のように並ぶ。医師は確認もせず話し出す。
すぐに命に関わる病状ではない。だが身体能力は損なわれる。
病院で出来る事だけのことはするが、その先の事はケースワーカに相談して欲しい。
同じ事を既に聞いていた香澄から、玲子は当人の希望を託されていた。
ケースワーカーとの打ち合わせは彼女が主になる。
均は必要な書類に署名するだけだった。
「順子さんには話したの?」
「ああ。自分に出来る事があれば言ってくれと 言っていた」
その時ほど均が順子の育った環境に感謝した事はなかった。
全ての親子が正常な関係にあるとは限らない、と彼女は知っている。
かくあれとは決して言わない。
だが一方で、どうすべきか示して欲しい気持ちもあった。
その均を見透かすように玲子は言う。
「したくない事は しなくていいのよ」
均の驚いた顔に、玲子は肩を竦め、言った。
「私にだって罪の意識ぐらい ある」
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by officialstar | 2015-02-05 14:44 | 夕に綻ぶ
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