烏鷺

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夕に綻ぶ 31

順子はマンションの管理会社を通して、不動産屋と賃貸契約を進めていた。
本契約の前に順子は均に報告し、均は初めてそれと知る。
いつかはそうするとしても、すぐとは思っていなかった。
その部屋は順子と祥吾の思い出の場所の筈だ。
「いいのか」
「その方が管理も楽でしょう」
順子がいいと言うものを均が拘る必要もない。
賃料は悟のために積み立てておくといいと言うと、順子は「悟と瑛太」と言い直す。
そして引っ越しの話になる。
順子は既に間取り図に家具の配置を書き込み、処分するものも決めていた。
一番広い寝室を順子たちが使う。
シングルベッドをふたつ置き、ひとつに順子が、もう一方に瑛太と悟を寝かせるつもりだと。
「あなたの部屋に書棚と机を入れさせてね。そして 空き室にもベッドを置きましょう」
「なぜ?」
「将来的には瑛太に使わせる事になるのだけれど 玲子さんが泊まりに来た時使う形にしておきたい。
その方が瑛太が落ち着くと思うの」
「よく分からないな」
「あなたも私も 今の瑛太には他人だもの。
お母さんが忙しいから私が預かっている という風に受け止めて貰えないかな。
言葉での説明は要らないけれど なんとなく そう思ってくれたら。逃げ道はあった方がよくない?」
順子の意図は分かった。だが瑛太の気持ちまでは分からない。順子にも所詮分からない。
「玲子さんに相談してみましょうか」
「実際に泊まりに来ると言ったら」 均は冗談のつもりで言う。
だが順子は真顔で「勿論?」と応えた。
「勿論?」
「構わない ……いいえ 違うわ 泊まって欲しいと思ってる。なぜ?」
分からない事で逡巡していても仕方ない。
空き部屋を客間とする事は別に不自然じゃない。そのベッドを誰がどう解釈しようと。
家にいる時間は順子の方が長いのだから、彼女の好きにすればいいと告げる。
「玲子の連絡先教えておこうか」
「もう頂いたわ」 順子は言う。順子は携帯電話を持っていないので紙のメモだが。
小さく畳んだそれをバッグから出し、「では使ってもいいのね?」と確かめる。
「俺の許可なんて要らないだろう」 均は気の抜けた声で答えた。
間に男を入れるよりも女たちが直接話した方が早い。
より実際的な玲子の判断であろうが、均は自分に残る感傷に気づかされた。
しかしそんなものに拘っている暇はなかった。
引っ越しの業者を決め、日取りを決める。
幼稚園を決める。内容と立地で絞り込み、受け容れの可否を問い合わせる。
玲子が泊まる可能性を確かめたら、「楽しそうね」と言ったという。
始まってみなければ分からない。
引っ越しが終わり、入籍を含めて役所関係も済んだ。親権は均のものとなる。
玲子は香澄の元を去る。瑛太を取り上げられると知り、均の母親は抗議したが手立てはない。
実の父親が、家庭をもって迎えるのだ。

かくて瑛太は玲子に手を引かれ、新しい住居に来た。
「今日からここで暮らすの。お父さんと」 玲子は瑛太の背中を押した。
振り返る瑛太に「悟ちゃんも一緒よ。覚えているでしょう」と言う。
今日から弟になるのだと告げる。そして順子を指差す。
「お母さんよ」
「違う」 瑛太は呟くように言った。
「ええ。でも そうなの。もうひとりお母さんが出来るの」
「お母さんがお母さんでなくなるわけじゃないのよ」順子がその後を引き取った。「でも難しいわよね。
まずは悟のお兄さんになってくれる?」
悟は無邪気に瑛太に抱きつく。
二人を遊ばせておいて、順子はキッチンに入った。玲子は均と子どもたちを眺める。
「悪くない」と玲子は言った。「でも 私はそれほど楽観はしてないの」
「悲観材料は」
「それを数えようと言うわけじゃない。順風満帆じゃなくても焦らないでいいと言いたいだけ」
食卓を囲んだ後、片づけを均に任せ、玲子は瑛太の荷物をほどきにかかった。
殆どは衣類である。順子の指図で瑛太が自分で引き出しに入れていく。玩具は箱ごとリビングの隅に置いた。
悟に触られたくないものは別の場所に片づけた。
そのまま泊まるかに見えたが、玲子は帰って行った。
黙り込んだ瑛太に順子は「お風呂に入りましょう」と言った。
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by officialstar | 2014-12-16 10:08 | 夕に綻ぶ
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