烏鷺

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夕に綻ぶ 30

協力すると玲子は言った。「出来るだけの事はする」
顔合わせの後、平日の夜に二人で会っていた。
訊きたい事があり過ぎて、均が切り出せないでいる中玲子はひとり喋り続ける。
この再婚には賛成だと告げた上で「協力は惜しまない」と言ったのだった。
均たちの準備が整うまで別れ話を切り出すのは待つ。
順子に頼れる身内がなく、均も母親と絶縁状態になるのなら、
手助けが必要な時にはそれを断らない。
「尤も」自分の熱意を茶化すように玲子は声を落した。「私が私の家庭を得たら分からないけど」
それはまだ先の話だ。今はとにかく均の新しい家族を守らなければならない。
「瑛太のためだものな」と均は呟いたが、それは一人合点のようだった。
玲子は均が引き取る事になって安堵はしているけれど、
それがなくても瑛太を置いて出る事に迷いはなかったと言う。
「もう 私の子じゃない」
「そんな」
「順子さんが可愛がってくれるなら 何よりだわ。
血のつながりに意味がない事を分かってくれている人だから」
「意味……なくは ないだろう」 均は力なく抗議する。
玲子は逆らわず「そうね」と流す。それからもう一度「そうだわね」と言う。
そこで会話は途切れる。置かれた料理に手をつけ、沈黙のまま咀嚼する。
均は同居する前に、出来るだけ瑛太を順子たちに慣れさせておくべきではないかと言った。
玲子は首を振る。
幼児を口止めする事は出来ない。香澄にどう伝わるか分からない。
「だが いきなりというのも」
「そうでもない」 玲子はすげなく言う。「子どもなんて なんとなく受け容れていくものよ。
大人が大騒ぎしなければ そういうものなんだと納得する」
「ろくに覚えてもいない父親と 義理の母親と弟の生活に?」
「まあ すんなりとは 言わないけど」 玲子は肩を竦める。「それくらいは覚悟しなきゃね。
どんなに下地を作ったって 昼間遊ぶのと夜新しい環境で眠るのとは違う。
優しい小母さんと弟のような友達を 母親と弟にするのは意外と難しい。
だからね 無駄に努力するより 引き返せない状態で始めてしまった方がいいの」
玲子に迷いはない。均の方が歯切れが悪かった。
「あなたが決めた事だと思っていたけど?」
「そうだ」
「よく決心したものと感心していたけれど 何も分かっていなかっただけ?」
「どうして決断したのか 今では不思議だよ。いや 実現するとは思っていなかったのだろう」
自嘲気味に言う均を、玲子は厳しい目で見つめる。
しかし均と目が合う前に、その光は消した。
「直感は大事よ。あなたが間に合った事がそれを証明してる」
「間に合った?」
「私が瑛太を置いて香澄と別れた後では 事はすんなりは運ばない。
私はあなたに連絡すべきか迷っていたし 多分連絡しないまま決めてしまったと思う」
「薄情だな」
「あなたに瑛太への愛情や未練があるとも思えなかった。
あったとしても聞いても何も出来ないのなら いっそ知らないでいる方がいい。
私に出来る最大限の思いやりのつもりだった。
それに 私にだった人並みの感覚はあるわ。私の方から連絡出来る立場じゃない」
均はフォークを置き、両手を膝に乗せた。
「何?」
「騙された方にも 罪はある。夫婦である努力をしなかった点では同罪だ」
玲子は思い詰めた表情を崩した。薄情と言われた事に彼女なりに傷ついてはいたようだ。
「別れてからの方が いい男ね。男はやっぱり苦労しなきゃだわ」
「そうか」
「前のあなたも好きだったけれどね」 玲子は言う。「ままごとのような結婚生活も悪くはない。
思い出にするのなら きれいな方がいいわ。それとも思い出にするからきれいになるのかしら。
ああ 順子さんも似たような事を言っていたっけ」
「何て?」 均は伏せていた顔を上げる。二人の会話の内容はずっと気になっていた。
順子が気を変えて均の申し入れを受けた理由も、そこに含まれているのではないか。
「きれいであるうちに思い出にしたい」 玲子は言った。「あなたは彼女に家族にはなるけれど
夫婦にはならないと言ったそうね?」
その事を玲子に知られたくなかったのか、知っておいて欲しかったのか、均は考えた事はなかった。
微かに安堵を覚えてたのは、後者だっという事だろうか。
「そういう感情じゃないんだ」 均は言う。「そういう関係にはなれない」
「勿体ない」
「え?」
玲子は目を逸らし、給仕に合図する。
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by officialstar | 2014-12-11 15:41 | 夕に綻ぶ
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