烏鷺

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夕に綻ぶ 29

まだ何もないマンションの一室で、均と順子と玲子、そして二人の子どもが顔を合わせた。
どうせなら一度に済ませてしまおうと順子が言ったのだ。
順子はマンションの部屋を見て瑛太と会い、玲子は順子と悟を見る。
それらの「お見合い」がすべてうまくいけば問題ないという事である。
困惑していたのは均だけで、玲子は意外な程に冷静で、そして好意的だった。
世慣れした彼女の処世術と思えなくもないが、対する順子も安堵したかのように寛いだ様子を見せた。
それぞれの親の陰に隠れていた子どもたちの膠着は、悟が破った。
悟が両手を前に出して悟に歩み寄る。腰を屈める、幼児独特のお辞儀を見て瑛太も動き出した。
「よし 探検だ」 瑛太は言う。悟の手を引いて大人たちから離れた。
「いいんじゃない」 
玲子はリビングとそこから見えるダイニングキッチンを見回し、それから均を見て尻上がりに言った。
「何が」
「全部が」 そして順子に視線を移す。「後は周囲の環境だけれど」
「来る途中に公園がありました」
「住所で調べたら保育園もあるようよ。買い物の便も良さそう」
「それは」 均は言い掛けて口を噤んだ。知っている。庶民的な商店と自然食品と輸入雑貨の店がある。
自転車で行けなくもない距離に大きいモールもある。
「少し見てきましょうか」 玲子が順子に言った。「ついでに何か買って来ましょう」
「あら 素敵」
ふたりはバッグを持ち、出て行った。
玄関の締まる音を聞いて寝室から瑛太が走り出てきた。
「お母さんは?」
「すぐ戻る」 均は言い、それから態度を考えた。
膝を曲げて目線を子どもに合わせ、「お昼を買いに行ったんだ。待っていなさい」と言った。
瑛太の瞳が不安と迷いに揺れる。悟がもたもたと追いついてきて瑛太に抱きつく。
そして誘うように服を引く。まだ浴室も台所も残っている。瑛太は均から離れ、再び悟の手を握った。
均はほっと息をつく。悟より年長だし、自分の子である。だが瑛太にどう接していいか分からない。
もう少し育っていればまた違っただろう。男でもなく赤子でもないこの時期は厄介だ。
ベランダに出て手すりに身を預ける。
二人は何を話しているのだろう。自分の事だろうか。それぞれの身の上だろうか。
険悪にならなかったのは幸いだが、自分のいないところで自分に関わる女性が話すのは複雑だった。
マンションの雰囲気は陽子の気に入ったようだった。
室内は見ていないが、使い勝手は悪くない筈である。
暫くして瑛太がまた来る。均にどう呼びかけて振り向かせるか迷ったらしい。
「ねえ」と呼ぶ。そして「まだ?」と訊いた。
均は時計を見る。一時間近く過ぎていた。
深く考えず送り出したが、近所を見て歩いて買い物をするとなるとどれぐらいかかるか分からない。
「まだ 昼ごはんの時間じゃない」とはぐらかす。
子どもは何かを言いたそうにじっと均を見上げる。
数秒おいて均は漸く気づく。「トイレか?」
瑛太は頷いて、均を見続ける。何を期待されているのか分からない。
やがて不器用な素振りでズボンと下着を降ろし始めた。
均は慌てて手を伸ばす。脚から抜くのを手伝ってやる。瑛太は背中を向けて駆け出した。
追い掛ける悟を抱き上げ、開けられたままのトイレに向かう。
瑛太は便座によじ登ろうとしていた。均は悟を降ろして、瑛太を持ち上げ座らせてやった。
個室を出て脱ぎ捨てられた衣類のところへ行く。
ズボンと、異様に分厚い下着を履きやすいように伸ばす。
戻って来た瑛太は均の肩に手を置いて片脚ずつそれを履いた。悟は床にしゃがんでその様を眺めている。
作業が終わると両手を打ち鳴らした。瑛太は「来い」と言って走り出す。

二人が戻ったのは、それから更に一時間後だった。
床に買って来たシートを広げ、サンドイッチやフライドポテトを取り出す。
ピクニックのようねと順子は言ったが、均は疲れてそんな気にはなれなかった。
だがその疲れは決して不快なものではなかった。
コーヒーを啜りながら、食べ物や飲み物を交差させる女たちと、それを頬張る子どもたちを眺める。
ここから玲子を抜いた生活が始まるのだと、思う。
絵空事に、現実の色が入った瞬間だった。
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by officialstar | 2014-12-07 16:17 | 夕に綻ぶ
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