烏鷺

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夕に綻ぶ 24

順子へのあてつけではなかった。彼女が拘る理由が知りたかった。
均は携帯に残っていた玲子のアドレスにメールを送る。
文面は迷った。「会いたい」では唐突だろう。
しかし探るような挨拶はしたくない。拒絶ならばそれでもいいのだ。
不可抗力ならば順子もそれ以上は言わないだろう。
ややあって「今 話せる?」と返信があった。均は電話をかける。
アドレスも番号もそのままだったのだ。均も変えていない。
「暫く」と均は言った。「突然で済まない」
「私の方にも用件はあるの」
「いつなら?」
「今日でも。夕方以降だけれど」
「じゃ……」 結婚前に何度かいった店を言う。予約をして折り返し時間をメールしよう。
玲子は「しまった。明日にすればよかったかしら」と言った。
「いつでも……」
「馬鹿ね 違うわ。今日でいいわよ」 そして通話を切る。

翌日にすればよかったというのは、今日はそのつもりで家を出なかったからだと玲子は言った。
玲子は仕事に戻っていた。会社帰りの装いで店に現れた。
「別れた旦那と会うに相応しくはないわ」 玲子は言う。
「そうかな きれいだよ。未練を感じさせる程度には」
玲子は笑う。「あなたとは やはり他人がいいわね」
「ああ」
メニューを決めてワインを選ぶ。恋人同士のように。
給仕が下がると均は夫の顔に戻る。
「瑛太は?」
「お義母さまが見ているわ」 玲子は言う。
「元気か」
答えず、玲子はじっと均を見ていた。均は自分が返すべき反応を間違えたのかと思う。
だが玲子との会話は始まったばかりで、彼女が口にしたのは母親が瑛太を見ているという事実だけだ。
「……そうね 元気よ。まだ言葉は出ないわ。単語だけ」
「俺も遅かった」 均は思い出す。「瑛太は 誰に似た?」
「どちらかというと あなただった」
「だった?」
「今でもそうよ」
「他には」
「健診で異常はなし。昼間は保育所に預けている。送迎は 私だったり お義母さまだったり」
そこでまた玲子はじっと均の目を見つめる。
「何か?」 
「あなたの用件から聞きましょう。急に会いたいなんてどうして」
「これまで全く会わなかった方がおかしい」
「どうしていた? どうしてる?」
「派遣先の会社に就職した。住居はまだ仮だ」
「整理したものを 通帳にまとめたわ。引き落としに使っていた口座」
玲子は早口に言った。
「ああ」 意図が分からず、返事は曖昧になる。
「住む場所を検討するなら参考に という事よ」
「ああ」
どこかに落ち着きたいとは思っていた。
収入だけで全部を賄おうとすると、住居費はあまり無理が出来ない。
物件が見つからないのはそのせいもあった。
「そうだな。やはりある程度の広さがないと 腰を据える気になれない」
「私 私もね」 玲子は言う。「私 あの部屋出るわ」
「どこへ」 母親の家に移るという事だろうか。
均は母親が所有するうちの、主に彼女が住居としている建物の住所を口にする。
玲子は静かに首を振った。「香澄とは 別れる事にしたの」
給仕がオードブルを運んで来た。
そこで合いた間は、そのまま沈黙になってしまった。
均はフォークを取る事も忘れている。
「お腹 すいたわ」 玲子が言う。それでやっと空気が動いた。
均は食べ始め、だがその手は途中で止まる。
「別れる?」
「ええ」
「別れて?」
「食べなさいな。あなたの皿があかないと 次の料理が来ないわ」
言われて口に運ぶが、味が分からなくなった。
実母と妻の関係を知った時よりも衝撃を覚えている事実に、次の困惑がやってきた。
言われたとおり均は皿を空にし、給仕がそれを下げた。
「別れる?」
「そうよ」
「最初から ……同性の関係は そういうものなのか。続かない?」
「香澄とはそうじゃないと思っていた。だからあなたと結婚したのだし子どもも産んだ」
言ってから玲子は均を窺う。だが均には今更の事で、不快も怒りもない。
むしろそうまでして一緒にいる事を選んだ二人が、別れる事の方が重かった。
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by officialstar | 2014-10-18 10:32 | 夕に綻ぶ
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