烏鷺

bbbrats.exblog.jp ブログトップ

夕に綻ぶ 23

均は車にチャイルドシートを取り付けた。
天気のいい土曜日、均は順子を駐車場に誘った。後部座席に設置されたシートを見せる。
喜んでくれると思っていた。だが彼女は困惑したように、複雑な笑みを浮かべただけだった。
均はベビーカーから悟を抱き上げ、シートに移す。
嫌がる子どももいると聞いていたが、悟は素直に収まった。
「さ 乗って」
均に促され、順子は反対側から乗り込んだ。
行き先は決めていた。順子が積極的に提案すればそれに乗ってもよかったのだが、何も言わない。
車を出し、目的地に向かう。
アスレチックと広場だけの公園へ行く。弁当などの用意はないが売店や出店がある。
木陰にビニールシートを広げ、ハイキングの真似事をした。
食事の後、ベビーカーで散策した。
「迷惑 だった?」 均は問う。
「まさか」と順子は首を振る。その言葉に偽りはないだろう。
だがその笑顔は硬いままだった。
「これからは遠出もいいと思ったんだが」
「そう ね 悟も喜んでいるよう」
「君は?」
「風が気持ちいいわ」 顔を背けるように横を向き表情を見せない。
均は戸惑う。悟はベビーカーから身を乗り出して、見えない何かに話し掛けている。
夢中になっているその様を見ると、自分は間違っていなかったと思える。
緑の匂いに満ちた空間は、マンションの徒歩圏内にない。
そして何より、この場所で自分たちはごく自然の関係でいられる。人々の視線の中で。
いや、その視線すらもない。誰も一家族に注意を向けたりはしない。
それからも週末、均は二人を連れ出した。
順子の態度も段々に溶けていくような気がした。
家でずっと子どもと二人きりなのだ。公園であれ商業施設であれ気分転換になるだろう。
「行きたいところがあれば言ってくれたらいい」
陽子はふるふると首を振る。
均が気を回して子供用品の豊富な店に連れて行けば、いろいろ眺めて購入する。
珍しい食材の揃っている店では均を巻き込んで買い物をする。
だが自分からどこに行きたいとは言わない。
誘いを断る事はなかった。

悟はハイハイを始める。やがてつかまり立ちをし、最初の一歩が出る。
そこからは早かった。次の週には追いかけ回す事となる。
転んであちこちをぶつけるので、それまで以上に室内が片付いていく。
広々としたリビングを悟は我が物顔に歩き回る。
「誕生日は何がいい」 均は訊く。
一年が過ぎようとしていた。
出会いの日を均は記念日とは思わなかった。だが順子から初めての電話を受けたその日は、覚えていた。
「もう充分にして貰っているもの」
「何がいいか分からないんだ」
「あなたの子に」 順子は言う。「買ってあげたら いい」
それは優しい声であったが、均には厳しい拒絶に響いた。
返す言葉もなく、だが聞き入れる余裕もなく、均は黙る。
「どうして 会わないの? 奥さまが駄目だと言うの? でもあなたは父親でしょう」
「妻とは何も話していない」
「今 いくつ」
それもすぐには出てこなかった。
「2……歳? 3歳にはなっていない。誕生日は春だから」
「会いたいと思わない? それとも もう新しいお父さんがいる?」
「それはない」 返事が早すぎた。あまりにも確信を込め過ぎた。
連絡をとっていない妻に恋人がいないとどうして断言できるのか。
しかし順子はそこを突いてはこなかった。「だったら……」と言っただけだった。
悟が均の傍にやって来る。両手を膝につき、顔を覗き込んで声を出す。
記憶にある我が子よりずっと大きい。ずっと人間らしい。ずっと親子らしい関係に育っている。
「会わないと いけないのか」
「会えば 愛情も湧くかも知れない」
「……悟より可愛くなったら?」 均は順子を見る。
自分を追い詰める彼女を、虐めたくなったのだ。
順子は微かに目を見開いて、それを細める。黒目が光を反射して小さく光った。
「覚悟は している」 順子は言った。
[PR]
by officialstar | 2014-10-10 10:54 | 夕に綻ぶ
line

小説


by officialstar
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite