烏鷺

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夕に綻ぶ 19

アルバムは二種類あった。
地味な表紙の、機械的に年代別に整理されたもの
最初に数枚、記念というより記録写真が貼られ、小学校の入学式らしき写真が入る。
そこから行事写真が記載もなく並べられる。終わりのページに高校生らしき姿が挟まれていた。
もう一冊は結婚してからのものだろう。順子も一緒に写っている。
それは数ページで終わった。残った空白の台紙が哀しかった。
施設時代の写真は、少年が段々に成長していくさまが手に取るように分かる。
未整理の高校時代の写真を一枚ずつ見ていく。
遺影に見た不器用な笑顔が重なる。友人たちに混じって、特別に感じるところは何もない。
真っ直ぐに育ったのだと思う。境遇に戸惑いながら、最善の最短の道を進んだ。
施設には望めば高校まではいられる。その先は住む場所を見つけなければならない。
それは順子の施設も同じだったようで、以前にそう話していた。
最後の一年は生活力を身につける為にお金の管理を覚えさせられた。
卒業後の住居は確保が難しく、祥吾のように寮のある会社を選ぶ者もいた。
順子は祥吾と結婚する事が決まっていたので、施設に留まって賄いの手伝いをした。
幾許かの貯金と、家事能力だけをもって祥吾と世帯を持った。
祥吾にはそれで充分だったようだ。ふたりは早くホームを築く事を望んだ。
マンションを買い、そして妊娠。
何枚かの写真にその幸福は凝縮される。
祥吾は交通事故の被害者だった。保険でマンションは完済し、保障で生活を補う。
生活力のない、天涯孤独ともいえる順子が淡々としていられるのはそういうわけだ。
いつかは働きに出なくてはならないが、今暫くは哀しみに浸っていられると順子は言う。
その哀しみを均に見せる事はあまりない。
ただ、時々、最初の日と同じ顔をする。その視界の中で均は行き先のない捨て犬になる。
アルバムの最後に一枚挿し挟まれた写真。遺影と同じ祥吾がいる。
一度剥がして、戻したのだろう。


会社で再度正社員登用の話があった。
均は考えるより先に「お願いします」と言っていた。
今の自分には何もない。言ってみれば、これまでの自分にも何もなかった。
生活を始めなければ。生きていく事を始めなければ。
持ち出した資産はあったが、それはないものとして通帳を作る。
ある程度まとまったら、住居らしいところに引っ越そう。
ひとりであろうと、そこが自分のホームになるように暮らそう。
均は最後の散財として大きな花束を買う。バラも入れて貰った。順子はそれをリビングに飾った。
順子は大儀そうに息をつくようになる。
均はキッチンを手伝う。
日々は繰り返しのように過ぎていくが、時間は確実に流れていた。
一か月ごとの妊婦健診は毎週になり、週末均もその報告を聞く。
「いつ出てきても不思議じゃない ですって」 順子は言う。
歓びより緊張が高まる。均は自分のそれが伝染しないように笑おうとするが、
順子も同様である事に気づく。
当然だ。当人なのだから。
「名前は考えてあるの?」
「祥吾さんから一文字貰いたいわ」
「そうだね」
和室の片隅に、入院用に作られた荷物があった。

そして深夜、電話が鳴る。
順子からだった。
「ごめんなさい」
「いいから」
「タクシー会社に電話が繋がらないの」
「生まれるんだ?」
「……痛い」
均は急いで着替え、車を出す。順子のマンションに駆けつけ、病院へ向かった。
順子は何度もごめんなさいと言う。均は心の底からそれを否定する。
連絡を受けて病院は受け入れ態勢を整えていた。
順子は診察室へ。均は病室で待たされた。
病院特有の空気を吸いながら、均は昂ぶる自分と、冷静にそれを見る自分を感じる。
やがて看護婦が、陣痛の間隔が間近だから直接分娩室に移動すると伝えに来た。
ぎりぎりまで電話を躊躇ったのだろう。間に合ってよかった。
「立ち合いの講習は?」
一瞬何を訊かれたのか分からず、自分は身内ではないからと答えた。
立ち合い出産が一般的になっているのか? 玲子は何も言わなかった。
出産の日、均は病院にさえいなかった。
「では 廊下でお待ちになりますか。それともここで?」
均は時計を見て、家に戻ると言った。病院で出来る事は自分には何もない。
「会社が終わったら また寄ります」
看護婦は連絡先を訊き、それを控えた。
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by officialstar | 2014-09-25 10:34 | 夕に綻ぶ
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