烏鷺

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夕に綻ぶ 12

リビングの、ソファが坂下の定位置だった。
均は肘掛椅子の方を好んだ。ひとりでいる時も、その椅子を横に使い、天井を眺めたりした。
ある夜、坂下がソファに座っていた。リビングに入った均は、その横に座った。
三人掛けとはいえ少し小ぶりなソファは、男二人に狭いまではいかなくても、
充分な距離を置いて座る事は難しい。
均はぎりぎり身体が触れない場所に座った。坂下は僅かに身じろぎしたが、避ける程ではなかった。
テレビのリモコンに手を伸ばそうとして、脚が触れる。
服の下で坂下の筋肉が小さく痙攣する。
均は手にしたリモコンを、使わないままテーブルに戻した。脚は触れたままだった。
伝わってくる体温は、ただ生温かいだけで、不快ではなかった。
均は坂下の大腿に手を置いた。坂下はじっとその手を見ている。
どれほどの時間が過ぎたか。
動いたのは坂下の方だった。「紅茶を淹れるけど 飲むかい?」
均は「いいね」と言った。

次の機会に均は先にソファに座った。坂下は微かな逡巡の後、その横に滑り込んだ。
以降当たり前のように、坂下がいる時は均はソファを使った。
ひとりきりの時は肘掛椅子に寛ぐ。身体を包み込む感触が好きなのだ。
坂下が背凭れに腕を預けていた。均はいつもより近く座る。
無言の駆け引きの末に、坂下は均の肩を抱き、均は坂下の肩に額を預ける。
詰めていた息を吐けば、相手の存在で肺が満たされる。均は自分が求めていたものを見つけたと感じる。
坂下は均の髪に触れ、頬に触れた。
だがそこでまた、立ち上がる。均は「紅茶なら 俺が淹れるよ」と言う。

会社では、あの女性社員が坂下の使っていた席で立ち止まる。
次の主はまだ来ていない。均はその姿を眺め、彼女が彼を振り向く寸前に目を逸らす。
もう笑い返す事は出来ない。早く次の派遣が来て、席を埋める事を願う。
正社員の話は保留にして、契約の更新を申請する。
どちらでもよかったのだが、踏み切れないでいた。
それは坂下との関係でも同じだった。

どちらでもいい。自分に欲求はないが、相手に強い衝動があるのなら身を任せてもいい。
この生活を続ける事だけが望みだった。
乾いた、だが決して無機質ではない日々を失いたくはない。
他人との接触がほどよく満たされる。握手のように手を握り合う事や、服越しに肩を抱かれる事。
大腿部を密着させ、並んで座る。感じられる坂下の緊張が、また心地よかった。
青臭い少年の硬さに、優位を覚える。それでいながら、それだからこそか、体重を相手に預けてしまう。

季節がひとつ過ぎ、次の季節も終わろうとしていた。

破局は突然訪れた。
あまりに簡単な事だった。
キッチンに立つ坂下の後姿を見ていて、その鋭角な腰の動きに触れて見たくなったのだ。
妻とは違う、佐央理とも勿論違う。濃い色のエプロンに包まれた真っ直ぐな腰。
掌に自分とは違う肉付きを感じた。
坂下は暫く無言のまま作業を続けていたが、その手からナイフが落ちた。
抱きすくめられ、均は、しかし最初はうっとりとその腕の力強さを味わっていた。
自分はそれを望んでいたと思えた。
肩を抱えていた腕が弛められると、一方の手が背中を伝った。
その掌の動きを均は追っていた。シャツ越しに体温も湿度も感じ取っていた。
感情は平穏とも言えた。何かを決定する時の、或いはした直後の充実と安堵に近い。
だが。
腰に達した坂下の手が、強く均を引き寄せた瞬間に、それらは全て飛んだ。

均は坂下を突き離し、キッチンを、そして部屋を飛び出した。
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by officialstar | 2014-08-30 17:59 | 夕に綻ぶ
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