烏鷺

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夕に綻ぶ 2

均は一人息子だった。
母親は父親と早くに離婚し、母一人子一人の家庭に育った。
当然ながら母子の繋がりは濃く、均は大学で独り暮らしを経験したものの、
就職でまた家に戻っていた。
大学時代から女性関係は華やかにあったが、結婚は考えなかった。
どの女性も母の眼鏡に適わない事が分かっていたし、
然程に強い結婚願望もなかった。日常に不都合を感じないのである。
30を過ぎ、母親の方から結婚を仄めかしてきた。
そして「知り合いにいい人がいるのだけれど」と言った。

ある程度の口出しは覚悟していたが、
交際が始まり結婚を決めると、母はあっさりと当人たちに委ねた。
式関係も仕切ろうとせず、同居も求めない。
主婦の座を嫁に譲って隠居するのは嫌だと言う。
実際母はまだ若く、そして年齢より若く見えた。
ともずれば玲子とも親子というより友人同士に見える。
「姑とは呼ばれたくないわ」という母の言は、姑根性も見せないという意味だったのだろうか。
その言葉のとおり息子の新居を訪れる事もなかったし、週末の訪問を強制する事もなかった。
だから孫の命名など望まないように思われた。
均が任せると告げた後、玲子は義母と相談して決めたと言った。
実際にどちらの意見が通ったのか分からない。
瑛太という名前から見当はつかなかったが、その名に依存はなかった。
病院から戻ると玲子は夜中の授乳を理由に寝室を分けた。
産後の体調と、寝不足を口実に均の誘いを断る。
無理強いするほどの熱意も不思議と失せており、自然それは消滅した。
時々昔交遊のあった女性と会う。食事だけの時もあれば一線を越える夜もあった。
本気にならなければいいのだ。
自分の伴侶は玲子と決めている。
母親は昼間時々様子を見に来ているようだった。
少しの間見て貰って美容院や買物に行くのだと玲子は言った。
それで育児の鬱積が解消されるのだろう。母が来た日は玲子の機嫌も良かった。
姑と嫁の仲がいいのは男にとって楽な事だと、均は女と会っては発散し、
玩具や花を買って家に帰った。
勤務先は、母親の所有するビルに支店を構える会社だった。
縁故採用というほどでもなく、均の学歴と能力からすれば妥当と見做される規模だが、
それでも待遇は良かった。
名目程度の外回りの際には私用も果たせたし、給与も年齢の平均を上回っていた。
住んでいるマンションは母名義だから家賃も要らない。
生まれた第一子は健康で、妻は才色備えた女性だ。
誰もが羨む順風満帆な人生だった。均もそれを疑わなかった。
妻子に対してどこか冷めた部分のある事までが、彼には男の勲章に思えた。
全てから自由だ。職場にも家庭にも生活の垢にも捕らわれない。

自分は幸福な人間だと均は思っていた。
その日その時間に家に帰らなければ、或いはずっとそうだったかも知れない。

外回りの途中で、自宅マンションの近くを通った。
いつもは素通りするものを、その日何かに惹かれるようにハンドルを切った。
時計を見て瑛太が昼寝しているかも知れないと、静かに鍵を回す。
開けた玄関に見慣れぬ靴を見つけ、一秒後母のものと気づく。
確信まではいかないが、ヒールの高さや色の好みから判断できた。
真っ直ぐにリビングに向かったが、そこには誰もいない。
瑛太と一緒に寝ているのかも知れないと、ベビーベッドのある玲子の寝室を開けた。
ベッドに瑛太はいたが、セミダブルのベッドは空だった。
だが家の中に大人がいない筈がない。
廊下を行きながらトイレと洗面所のスイッチを見る。いずれも切られている。
玲子だけならば寝室で片づけ物という事もあるが、
母親がそこに入る筈はないと思いつつ、たいした思惑もなくドアを開けた。
いた。
母親と、玲子が。

しかし何故裸なのだろう。
均は扉を開けたまま、ただぼうっと立っていた。
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by officialstar | 2014-05-04 17:02 | 夕に綻ぶ
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