烏鷺

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夕に綻ぶ 1

その枝は強く光を求めて窓へと伸びた。
枝に散る幾つもの蕾は、だがそれほどに光に焦がれながら夕方に綻んだ。
きつい香りが室内に満ちる。
まだ蕾は十にも足らぬほどしか開いていない。
小さな花。集合でひとつの花たる、そのうちの小さな蕾。
精一杯に花弁を開き、蜜を垂らす。

それは幸福の木についた花の枝。


やすりで丁寧に爪を削る玲子を見て、均は
「君は爪を伸ばさないんだね」と言った。
この頃はネイルなど爪先のおしゃれも様々なのに、
玲子は薄いピンクの、或いは透明の保護液を塗るだけだった。
磨かれた爪はそれで充分美しく、知的な美貌の玲子に似合ってもいたが、
指先から殆ど出る事のない爪は長い指の彩りには欠ける。
玲子がそれを気にしないのが不思議だった。
「長い爪はいろいろ邪魔でしょう」
「まあね。重そうな爪で包丁を扱うのを見るのは あまりぞっとしない」
磨いた後に、肌とまとめてクリームを塗り、その手の甲を均に向けて見せる。
その手をとり、均はそっと唇をつける。
儀式のようだと思う。今日はベッドを共にする。
玲子は婉然と微笑む。
30という年齢が、10代の若さを捻じ伏せるものだと均は玲子と結婚して知った。
恋愛ではない、紹介による出会いではあったが、玲子は理想どおりの伴侶である。
肌はまだ十分に若く、円熟と呼ぶに相応しい弾力と艶をもつ。
結婚後も仕事を続けているが、子どもが出来たら家に一度入ると言う。
どこであろうと彼女は能力を発揮するに違いない。
そしてその美は決して損なわれないと信じさせる強さが彼女にはあった。
だがしかし。
玲子を抱くたび、均は奇妙な違和感を覚える。
均整のとれた肉体は、どれほどに歓びを与えようと難攻不落に感じられた。
時に妖艶に、時に初々しく歓喜に震えて見せるが、均は彼女の本質に達せない。
張り巡らされた網の向こうに彼女はいた。

新婚旅行の床で、均は彼女が処女であると知らされた。
「灯りは消して下さいね……」
香り立つような声で、彼女は囁いた。
処女ならばそれも仕方ないと、均は電光掲示が放つ僅かばかりの光の中で彼女を抱いた。
硬かった肉体は、遠慮がちな愛撫にほぐれた。
30近い年齢ならば、肉体は知らずとも精神的には非処女であったかも知れない。
苦痛を軽減させようと、充分すぎるほどの前戯の後、均は蜜に溢れた場所に進撃した。
玲子は絶頂にこそ至らなかったが、柔らかく均を呑み込んだ。
「赤ちゃん 早く欲しいわね」
「蜜月もなしにか?」
無論均はそれまでも女性を知っていた。玲子よりもっと官能的な女も抱いた。
結婚は社会的目的であった。だから条件だけを見て玲子と会った。
今更新婚だ、蜜月だという意識はなかった。筈なのに。
旅行中に拭えなかった違和感は、一年を迎える今も続いている。
しかしそれはまた、蜜月の継続でもある。
陥とせない城壁だから何度も攻める。攻略を考える。飽きる事がない。
抱き寄せる一瞬の緊張は、玲子に残る処女である。
均はそれを愉しんでいた。
手の甲に当てた唇を指先まで這わせ、口に含んだ後、また滑り落とす。
指の股にねっとりと舌を挿し入れる。

妊娠を告げられたのは、それから半年後だった。
不妊を疑い始めた頃だった。均は安堵と共に喜んだ。
妊娠し辛いという事は流産し易い事だと、玲子はベッドを別にする。
安定期までそれは仕方のない事だ。
だがその後も妊娠中の身体を見せたくないと玲子は均を拒んだ。
腹部はまだ目立たずとも、その胸の膨らみは服の上からも分かり過ぎる程だった。
均は欲情を抑えきれず、その胸元に飢えた視線を向けてしまう。
玲子はその豊満な胸が不快であるようだった。
やがて月満ち、玲子は男児を出産した。
「名前はお義母さまにつけて貰いましょう」 玲子は言った。
均は玲子に任せるつもりだった。ずっと胎内に守り続けたのだ。その権利はある。
「気を遣わなくても」
「いいえ。お義母様につけて欲しいの」
玲子は均の母親が知人の紹介だと連れて来た女性だ。
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by officialstar | 2014-04-30 17:24
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