烏鷺

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悟志 3


いつか打ち明けなければならないと思っていた。
だが僕は彼に嫌われたくない。
僕の思春期を知れば彼だって「またね」とは言わないだろう。
そんな事になったら僕はどうしていいか分からなくなる。
言わなければ彼は気づかない。気づかれないくらいなら問題はない。
僕は彼と一緒にいられればそれでいい。彼との時間があればそれでいい。

しかし秘密は重い荷物だ。
肩に喰いこみ、心に喰い込んでいく。

「秘密 守れる?」
ある日彼が訊いた。僕はどきっとする。
彼は僕の目を見て「よね?」と言った。
頷くだけで、僕はただ頷くだけでよかった。
だが出来ない。
「そんな価値 僕にはありません」
「聞きたくないって事?」
「違う! 知りたい 知りたいですよ。あなたに秘密があるなら。
でも僕にはそんな価値なんてない」
「誰が決めるの。君? 僕? 知っておいて欲しいと僕は思った。それじゃ駄目なの」
「僕は」 

時間が止まる。
僕は言葉を続ける事も、呼吸する事すら、出来ない。
彼が動いた。
立ち尽くす僕を見て、奥の部屋のドアを開けた。
「友人である事の資格を問うなら 問われるべきはまず僕だ。ほら」
友人という言葉に引かれ、僕はよろめくように戸口に近づいた。
彼の手が伸び、照明のスイッチを押す。
椅子に座る少年の姿。肘掛に腕を預けて王子のように優雅に脚を広げている。
「誰……」
「近づいてご覧」
彼に背中を押され、僕は室内に入る。
気づいたのはどこでだっただろう。
その少年は息をしていない。瞬きをしない。その少年は生きていない。
完全な認識は最後だった。それは人形だ。
生きていない人間、なのではなく、最初から生のない人形だった。
だがそう思うのが困難な程、少年は生き生きと魅力的だった。
「弟」
彼にそう言われて僕は納得する。
つまりこれは彼の弟代わりの存在。
「これが 秘密?」 僕は問う。
「そうだよ」 彼は少し語尾を上げ、意外そうな響きを含ませて答えた。
それを秘密とする事の方が僕には意外だったが、
僕のその受け止め方が彼にとって想定外だったという事だろう。
しかし彼が人形を持っている事も、それを弟と呼ぶ事も僕には抵抗がなかった。
それは少しばかり大き過ぎて、簡単に手に入るものではないとは分かったが。
「生きているみたいだ」 僕は言った。
言ってから後悔する。彼にとってそれは生きているのかも知れない。
だが彼は落胆も憤りも浮かべず、口の端をわずかに上げただけだった。
「君に大層な覚悟をさせてしまったみたいで 申し訳なかったね。
資格を云々するほどの秘密じゃなかったかな」
「あなたにとっての秘密なら 僕にとっても同じだ。共有できて 嬉しいです」
「君は本当に優しい子だね」
その言葉が心からのものである事を疑う理由はなかった。
僕は苦しくなる。
もう黙ってはいられない。彼を騙し続ける事は許されない。
僕は優しくも、いい子でもなかった。
「僕の秘密を言ってもいいですか」
「言いたければ?」 彼は言う。
言いたくなどなかった。
「……男が好きなんだ」
彼の表情にほとんど変化はなかった。
視線は弟に当てられたまま。口元は軽く緩んだまま。
ゆっくりと瞬きし、その間に顔を僕に向けた。
開いた目でまっすぐに僕を見つめる。「そうなんだ」
それから少し間を空けた。僕は待つ。
「君はこの事を話したい? それともこれきりにしたい?
訊いてもいいのなら幾つか質問がある。でも話したくないのならそれも分かる」
僕は話したがっている自分に気づく。
選択は言うか言わないか、だけだった。口に出してしまった今となっては隠す事など何もない。
彼は僕の手に触れて、床に僕を座らせた。彼が僕に触れた事が僕の救いとなる。
「いつ どうして そう思ったの? 誰か好きな人 いるの」
僕は部活の事を話す。同期のひとりの背中を追いかけていた事を話す。
その筋肉に触れたいと思い続けていた事を話す。それ以上はさすがに口に出せなかった。
顧問に相談した。顧問は「思春期の 憧れみたいなものだ」と言った。
耐えきれなくなって再び相談すると「休め」と言った。周囲に悪い影響を与えてからでは遅い。
部の雰囲気が悪くなるのは本意ではないだろう?
相手にだって嫌われたくはないだろう。
「安心しろ 一過性のものだ。じきに治る」
顧問に告げられたままを彼に語る。
「治る って言ったの」 彼は呟いた。辛そうに。寂しそうに。
僕の気持ちを代弁しているかのようで、その実彼の内心を訴えているようで。
それを吹っ切るためか声を上げ、「そうかも知れないし そうじゃないかも知れない」と言った。
「思春期特有の迷いなら何れ消える。残るならば 君はそういう人間なんだろう」
僕は言わなかった。
同性への、正常ではない衝動はこれが初めての事ではなかった。
まだ小学生の頃から独占欲に苦しめられていた。
ふざけあってじゃれあった後の、胸を締め付ける動悸。
僕はそうなんだ。そういう人間なんだ。
「もしそうならば」 彼は言った。




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by officialstar | 2012-09-02 08:51 | DOLL
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