烏鷺

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悟志 1


思春期をまるで病気のように考えていた時期だった。
薬を飲んで寝ていれば治る。やり過ごせばいつかまた笑える。
いい薬が見つからないので病院に行きたいが、その病院も探せない。
親は腫れもののように僕を扱う。
一番の相談相手である筈が、僕と彼らの間に出来てしまった溝は越えられそうにない。
勿論埋める手立てもない。

中学二年。
制服を着て入った大人の世界に馴染め切れず、さりとて子供にも戻れない。
受験はまだ先の話で、だが熱中していた部活自体が問題の場所となってしまった。
僕は行き場を失う。宙に浮いた気分で、町を歩く。
相談した顧問は最初「もっと熱中しろ」と言い、次には「少し休め」と言った。
「余計な事を考える暇もない程 頑張れればよかったんだがな」
どれほど疲れても発散しても僕の中の思春期は追い出せない。
「悪い影響が広がるといかん」 そして僕は伝染病患者だ。
だが治す病院を誰も教えてはくれない。

部活道具を足元に、僕は公園のベンチで途方に暮れていた。
無邪気に遊びまわる小学生を眺めている。
あんな頃が僕にもあった。
しかし。あんな頃既に僕の中に芽はあったのだ。
この思春期の。
「さぼり?」 斜め後ろから声が掛かった。
振り向くと同い年ぐらいの少年だ。両手をベンチの手に置いて僕を覗き込んでいる。
僕は慌てて立ち上がる、と同時に相手も腰を伸ばした。
そこで僕は知る。
彼は僕より上背があって、そして僕より大人だった。
どうして同い年だと思ったのだろう。彼の顔にはもう子供らしい丸みはなく、
思春期特有の半端な男っぽさもなく、直線的な面差しだった。
端正と無個性とどちらともつかず、それだけに表情で印象が全く違う。
僕を覗き込んでいた目は、子供みたく純粋に好奇心に満ちていたのだろう。
「ごめんね 驚かせた」 
僕は首を振る。咄嗟に言葉が出なかった。
「さぼりなんて言って悪かったかな。急に休みになる事もあるよね」
「自主休練です」
一瞬の間をおいて彼は大きく笑い出した。
僕が口にした休練という言葉をすぐに変換できなかったのだろう。
それはそうだ。そんな言葉僕だって聞いた事はない。
休部と言いかけ、そこまで長引かせたくないという思いがその邪魔をした。
「気分で?」
「顧問に……」
僕は唇を噛む。だからこれは自主ではない。分かっている。
黙ってしまった僕の腕を、彼は叩いた。
僕は体を硬直させる。それが伝わったのだろう、彼は再び「ごめん」と言った。
「いえ」 僕は焦った。「そうじゃ そんなじゃ」
「そう? よかったら気分転換に誘おうと思ったんだ。急ぐ?」
「……ように見えますか?」
彼はまた笑った。ドラマのセリフを真似たような僕の口調を笑ったんだ。僕は赤くなる。
その笑顔は色や音を感じさせない、何だか不思議な一枚の絵に見えた。
「僕はねえ 今受験生で 少々煮詰まってしまっているところなんだ」
「大学受験?」
「うん でも高校生でもない 浪人ともちょっと違う。勉強をちょっと休みたい」
「さぼり?」
「ふふ そうだね」
彼はベンチを回り込み、僕の横に立った。
より間近になり、僕は少しどきどきしてしまう。
彼は、なんというか、きれい、だった。
「もう一度座る? それともどこか入る? ケーキぐらいならごちそうするよ」
「いえ」 僕は地面に置いたスポーツバックに目を落とす。彼はそれで理解する。
「ああ そうだね。そう じゃ 公園を歩くか それとも僕の家に来る?」
「家?」
「といってもマンションで」と彼は周囲を見回し、その建物を見つけたのか手を挙げた。
いくつか並び立つ建物のひとつを指さしているようだった。
だがそのうちのどれかまでは分からないし、分かる必要もなかった。
「歩いて 5分 かな」
その言葉と、方向的に僕の家と反対だという事で十分だった。
「いいんですか」
「誘っているのは僕だよ」
僕は鞄を持ち上げる。

彼について歩いていく。彼は半歩前を行き、肩越しに僕を見る。
僕が遅れぎみだったのかも知れない。気恥ずかしくて彼と並べない。
初対面の中学生を自宅に招く彼の異様さに、その時僕は何も感じなかった。
あまりに自然で、小学生の頃に空き地でサッカーに誘われたぐらいの雰囲気だったのだ。
目指す建物群に近づくと、僕はマンションらしき入り口を見るたび「ここか」と思った。
上を見上げ、或いはエントランスの様子に、彼の家を想像する。
そういえば家族はどうしているのだろう。留守なのか。きっとそうだろう。
「ここだよ」と彼が階段の一段目に足を掛けた。
ワンルームマンションと分譲マンションの中間のように見えた。
僕は「ご家族の方 いいんですか」と訊いてみた。



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by officialstar | 2012-08-31 16:04 | DOLL
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