烏鷺

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恵利加 2


塩コショウと、何やらの香料だけで味付けされた鶏肉を食べて、
その日私は塾に行った。
授業を受けながら改めて「変な人」と思った。
初対面の小学生を家に上げ、食事をさせて何も訊かずに送り出す。
普通の高校生はそんな事はしないのだという認識は、私にもあった。
それが少し遅れて出ただけで。
気づきだすと、疑問な点は次々と出てくる。
そもそもあそこは独身寮で、働いてもいない高校生がひとりで住む事は出来ない。
となれば親と一緒な筈で、そうなるとその親は独身なわけはないから、
結局彼があそこにいるのはおかしい。
いやいや。高校生男児が料理が上手いのも変だろう。
それも有名進学校の生徒が。
会話を懸命に思い出す。母親の事を訊いたっけ。はぐらかされた。
でも母親がちゃんといたら料理なんてしない。
私の親も働いてはいるけれど、私は何も出来ない。
だから彼はお父さんとふたり暮らしなのだ。
でも私と食べてしまったらお父さんはどうするのだろう?
講師がいきなり私の名前を呼んだ。

彼に会いたい。会わなければならない。こんな疑問を抱えたままでは集中できない。
同じ曜日の同じ時刻なら捕まえられるだろうと思ったが、一週間は長い。
次の日、用意されていた軽食を詰め込んで、私は家を出た。
通りにあるコンビニの窓際で外を眺めて過ごす。
その日は時間切れとなり、だが週のうちには彼を見つけた。
店を飛び出し、追いかける。
一番近づいたところで「待って 待って!」と叫んだ。
自転車のブレーキが鳴った。振り返った彼に私は手を振る。
周囲の人が怪訝に振り返って行った。彼はすぐに「やあ」と言った。
「今日も塾?」
「この前はごちそうさま」
「今日はシチューが煮てあるよ」
「え?」 私は驚く。
彼は自転車から降りようとし、思い直す。
「場所分かるよね。ひとりで来られるね」
「いいの?」
彼は返事をせずに走り去った。私は小走りになる足を抑え、通りを行く。
約束は取り付けた。もう急ぐ必要はない。
私がドアホンを鳴らすと、着替えた彼が内側から開けてくれた。
室内には既にシチューの匂いが立ち込めていた。
白いのかと思ったら、これはビーフシチューだ。
彼は先にキッチンに戻り、鍋を掻き回す。
「慣れてるね」 会話の糸口を見つけようと私は言った。「どうして?」
「一人暮らしだからね」 彼は答える。
私が訊き返そうとするのを、彼は遮った。「パン 焼く? フランスパンだけど」
「えーと。焼かない」
「じゃ あとは並べるだけだな」
両手を拭くように腰を二度叩く。冷蔵庫を開けてボールと麦茶ポットを出す。
皿をテーブルに並べ、ボールからサラダを取り分ける。
パンを切り、そのままテーブルに出しっ放しにした。スプーンとフォーク。
ドレッシング。そして白い皿にシチューを盛り付ける。
その時は名前を知らなかった、緑の葉っぱをちょんと乗せた。
完璧だ。彼はそう口の中で呟いたに違いない。それくらいテーブルは綺麗だった。
「どうして?」
「まず いただきますだろう」
私は両手を合わせた。彼がスプーンを取ったので私もシチューを食べた。
「ねえ どうして」
「まず感想だね」
「おいしい」 私は肉を口に入れた。「柔らかい。高いお肉だね」
「すね だよ」
人参をスプーンの背で押したが、思い直して口に運んだ。
甘みと塩加減がいい。嫌いではないが苦手な人参だが苦なく食べられた。
「これって あれ? 箱で売ってるやつ? どこの?」
「自分で作るんだよ」 彼は可笑しそうに言う。「セロリが余って困るね」
「入ってる?」 あれは嫌いだ。だが皿にあるのは肉と人参とマッシュルームだけだ。
「嫌いなら サラダのセロリ よけていいよ」
私はサラダの皿を引き寄せフォークの先でセロリを探した。
「父さんは外国だ」 彼は唐突に言った。
驚いて顔を上げる。「いつから」
「この春」 その声に含まれていた感情を、私は今でも分析できずにいる。
シチューの味以上に複雑に、いろいろなものが混ざり合っていた。
「でも じゃ 自分が食べたくて? ええ 半年足らずで?」
「その前からも家事はやってたけどね。食べたくてというよりは」
彼はそこで黙ってしまった。私はレタスを突き刺しながら「よりは?」と促した。
「いや。料理は実験みたいで面白いよ」
「じゃママが苦手なのも分かる。あの人 いつも自分は文系だって言うから」
算数の問題を訊こうとするたびそうやって逃げる。
「パン お替り要るなら 切るよ」
「ううん あんまりお腹いっぱいにすると眠くなる」
家を出る前に軽くとはいえ食べている。
「でも 何 お父さん 急に決まったの? 高校決まってから分かったの?
外国ってどこ。ついていこうとは思わなかった?」
「どこかなんて言っても分からないよ。学校も多分ないようなところ。
入学式の暫く後に知らされた。どうするか訊かれたけど どうしろと言うのだろう?
僕に何もかも捨てろと?」
「折角合格したのにね」 最後に残しておいた肉を口に入れた。
「まあね」 彼はまだ残っている自分の皿を手に立ち上がる。「そうして僕が捨てられたのさ」
私はまだ肉を呑み込めずにいた。




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by officialstar | 2012-08-28 11:54 | DOLL
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