烏鷺

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星を問う 最終話



声も出せず、開きかけた口を閉じる事さえも忘れている君子の、
その手を取り、青木はその掌に外した指輪を置いた。
指を握らせて拳を両手で包む。
「夫婦のままじゃ 口説けない」 青木は言った。
数秒を要した。
君子は肺に残っていた空気で「え?」と問い、そして息を吸う。「ええ?」
「交際を申し込みたい」
今度もまた口を閉じる事が出来ない。
君子は馬鹿みたいに青木の顔を見るばかりだ。
演出でもなかったらしい。青木は困惑気味にその君子を見返す。
君子は笑おうとし、それも叶わず、唇の端を引きつらせる。
徐々に怒りが込み上げてくる。
青木の手から自分の拳を引き抜くと、それで相手の胸を叩いた。
驚かせた罰である。
青木が咳き込むのを見て、溜飲を下げる。
「私は夫婦のままでも構わない。あなたは恋愛がしたいの?」
「口説けと言われたんだ」 乾いた咳をして胸を押さえて恨めしげに君子を見る。
「そう。折角だから聞いておきたい気もするけど」
しかし今何を言われても素直になれない。
自分に先手をとらせてくれていたら、
もしかしたら少しはロマンティックな気分になれたかも知れないのに。
掌を開く。指輪を見つめ、ここからやり直そうと思う。
「家に帰って 私の指輪を出すわ。もう一度私の指にはめて頂戴。でも」
「でも?」
「あなたは永遠の愛を誓えるの? 愛情は変わらないと信じられたの」
「いや」 青木は快活に言った。
君子の頭に手を置き、子供にするように髪をくしゃくしゃに掻き回した。
愛しさに溢れる行動だったが、君子には伝わらない。
「変わるんだ。変わっていいんだ。愛情は何の束縛もない」
耐えかねて君子は首を振って青木の手から逃れる。
乱れた前髪の間から相手を睨みつける。
「男の論理なら怒るよ」
青木は言う。「違う君に浮気する。君を一人ずつ好きになる」
「はい?」
「知らない君がいる。10年後の君がいる。俺はそのひとつひとつを順に愛していくだけだ。
今の愛を永遠に貫く自信はない。なくたっていい。変わらない愛なんてない」
「愛?」 口にするとなんと陳腐な言葉だ。「では私を愛しているのね?」
青木も同じように感じたのだろう。開きかけた口を結び、再び手を伸ばした。
俯き加減に君子は目を閉じる。髪はどうせもうぐちゃぐちゃだ。
だが青木の手は君子の体を抱き締めていた。
刹那の硬直の後、君子もまた両手を青木の背に回す。
触れたくて触れたくて、ずっと我慢してきた身体。
感じたくて感じたくて、至近距離の向こうに探ってきた体温。
互いに貪るように齧りつく。

身体を離した青木に、君子は笑った。
「男って不便ね」
「素直だと言って欲しい」
「子供みたいに?」
「男はいつでも男になれるのだと 何かで読んだ。だから子供でいていい」
嘘だ。君子は思う。青木は誰よりも大人だ。
君子にハンカチを差し出した、あの時からずっと。
「子供……」 君子は呟く。青木に言われた言葉を思い出した。
自分の遺伝子が好きではない。自分の子供を欲しいとは思わない。
君子はそれを口に出す。青木は改めて肯定する。
「だから」 君子を見る。まっすぐに。
気恥ずかしさに君子は目を逸らしたくなる。
「好きな女の 子供がいいんだ。俺の子じゃなく 君の子供が欲しい」
「残念ね」 少し切なく笑い返す。「私のも 頼れるような遺伝子じゃないわ」
育ての母が本当に好きなんだなと君子は思った。
その思いはどんな遺伝子より確かで、素敵なものなのに。
再び坂道を登り出す。
コースを逆に歩いている。
裏山を超えて、スタート地点を目指す。
まるで自分たちの結婚のようだ。一番高い場所で足を止めて、君子は空を見上げた。
星は見えない。
だが自分は自分の星に巡り会えた。
そのきっかけをくれた佳苗と出会ったのは、この丘だ。

「ご両親に会いに行かなくてはね」 君子は言った。
いいや。会いたい。会ってみたい。青木を育てた女性に。そしてその夫に。
彼女が青木を育んだように自分も悠斗を包めたらいい。
それこそが自分と佳苗の星なのかも知れない。
高台から学園の方を振り返る。




星を問う  完





きっかけを下さった レモンの木 さんに
そして読んで下さったすべての方に
感謝を込めて
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by officialstar | 2012-08-09 10:40 | 星を問う
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小説


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