烏鷺

bbbrats.exblog.jp ブログトップ

星を問う 21

紺というより青に近いセーラーの、少女たちが行き交う。
君子たちが入学した頃はそうでもなかったが、
今では進学校となった学園の生徒たちの雰囲気は、かつてとどこか違う。
星が丘駅のホームで青木と並び、君子は学生時代の匂いを嗅いでいた。
「セーラーってやっぱりいいなあ」と口元を綻ばせる青木に軽く肘鉄を入れ、
「お嬢様学校じゃ ないのよ 今は」と半ば自分に言う。
柔らかな、あの優しさは感じられない。それは感傷か。
少女たちはごく普通に現代の高校生だった。
あの頃も傍目には同じだったかも知れないが、
君子にとって確かにどこか特別な、どこにも属さない集団であった。
一団をやり過ごした後に二人は歩き始める。
階段を上がって改札に出る。そこを通り、また階段を上がる。
幹線道路である通りの喧騒が流れ込む。
市内で一番最初に走った地下鉄線だから、駅も古い。
ちんまりとした出口から外に出る。
「左」と君子は短く言った。

星が丘に行こうと言い出したのは青木だった。
悠斗のいない平日にわざわざ休みを取っての外出だ。
園が休みでも小山内に任せて出かけてしまえばよいのだが、
このところ悠斗は青木に嫉妬するようになった。
青木と君子がふたりで話していたりすると、真ん中に割り込んで来る。
ふたりだけで外出したいなどと言ったら拗ねるに違いない。
幼児特有の直感で君子の心情を感じ取っているのかも知れなかった。
青木への想いを意識して季節が移っても、しかし表面的には何も変化はなかった。
黙りこくる事の増えた小山内の前で、二人はずっと偽りの夫婦のままだった。
青木に触れたいという衝動は日ごとに増すが、
君子はそれを抑えていた。
小山内への遠慮も多少はあったが、
一番は均衡を崩す勇気を君子が出せないでいる事だった。
想いが砕かれたら、気まずいだけの日々が残る。
受け止められたとしても、惰性に似た平穏な空気は消えるだろう。
「ああ 坂 だなあ」 足を止めて青木が左を見上げた。
大学に続く上り坂だった。
君子はその建物を指さし説明する。
そしてまた歩き出す。まばらに制服姿の生徒が行く。
「小高い丘だから 星がよく見える?」
「といったところかしらね。学校のあたりは桜ヶ丘」
中高の門に続く坂道が桜並木になっている。
だが地名は、だからというわけではなかろう。
門には守衛がいて、そこから先は入れない。
坂を上るまでもないだろうと、君子は通りから学校を見上げた。
傍らを、反対側から来た生徒が通り過ぎていく。
君子らの頃には重苦しかったセーラーもスカートの丈のせいか、幾らか軽い。
その軽さに君子は反発を覚える。
「批判的な顔は およし。おばさん臭いよ」 
君子はぷいと横を見る。
「あっちから裏山に行ける。墓地と平和公園。広場もあったかしらね」
「よく行ったの?」
「そうでもない。ああ 佳苗と初めて同じクラスになった時 親睦会で行った。
あとはマラソン大会の思い出しかない」
「コース? 教えてよ」
君子は、青木の驚いた顔を想像して密かに笑う。
青木の中に依然としてある「お嬢様学校」の、そのマラソンコース。
そんなものはどこにもない。
あるのは不整備な山道だけだ。

「何か話して」 青木が言う。
「息を切らしてて 何言ってるの」 
「や きついね これは」
息を弾ませて青木は汗を拭う。片手で傍らの木に凭れた。
その薬指の鈍い光を君子は見る。
悠斗の気配のない木々の間で、日常から切り離された空間にふたりはいた。
相変わらず冴えない私服の青木の、既に見慣れた横顔や肩や腕が、
室内の装飾のような夫のものから、まぶしい異性の肉体に変容する。
形のいい爪と、女性にはない乾いた直線の美を描く指。
そこに存在を示す指輪の意味を、君子は強く感じる。
この人は今私のものだ。
そして自分はその事実を完全な真実に変えたいと願う。
私も それ はめようかしら。君子は言葉を準備した。
好きだと告げよう。子供のためじゃなく抱いて欲しい。
出会ってから今日までの、青木が見せた数々の魅力が脳裏を過る。
それはいつしか君子の好みを塗り替えていた。
青木の全部が君子の理想だった。
佳苗も悠斗もどうでもいい。自分の為に私はこの人が欲しい。
君子は口を開く。
だが、青木の方がわずかに早かった。

君子が見ていた指輪を、右手の指で回し、言った。
「別れよう」
世界が突然君子から飛び去った。




次へ
[PR]
by officialstar | 2012-08-08 14:35 | 星を問う
line

小説


by officialstar
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite