烏鷺

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星を問う 17

一周忌は忌明け法要と同じ、自宅での読経と料亭での食事だ。
それまで小山内は仏壇のある和室で寝ていたが、法事を機会に奥の洋間に移る。
小山内自身で少しずつ片づけ、ベッドも入れた。
君子は二階のシングルを降ろす事を提案したが、
小山内は、いつか寝室が本当の寝室になるかも知れないからと、
それを却下した。
君子は小山内が家具カタログをめくっているのを眺めているうちに、
その言葉を理解した。訂正するには時機を逸している。
自分たちがこの婚姻を解消してこの家を離れたら、
小山内が再婚してあの部屋を寝室に使う事もあるかも知れない。
そう。そうに違いない。
相手が篠原惠でないのならそれもいいだろう。
カーテンを換え、箪笥を入れて小山内の私室が出来上がる。
和室は仏間となる。
掃除しているようで生活感漂うリビングを君子は片づけた。
悠斗の玩具を運び、自分が持ち込んだ雑誌や青木の本を二階に上げる。
家具を磨く。拭けばきれいになるという事は汚れはせいぜいが一年分という事だ。
親戚の誰かが入るかも知れないのでキッチンも掃除した。
トイレと洗面所は当日。
茶器を揃える。和菓子を注文する。
「こんなところでいいかしら」
「忌明けもそんなんだっただろう」 青木は言う。
今回はその時と違って女手があるのだから同じにはならない。
自分の落ち度は佳苗の評価に及ぶと、君子は真剣に考える。

すっきりとした続き間を見て、小山内は君子を労った。
「二階も 好きにして整理してくれて構わない」
それは以前にも言われた。
「運び込んだ服は持ち帰ったりはしないのだろう。増えていくばかりだ。
佳苗のものを少しずつ減らしていけば いい」
自分はいつまでここに住むつもりなのだろう。君子は思う。
悠斗が母親を必要としなくなるまで? 或いは本当の母代りを迎えるまで。
何年先か分からないが、必ずその日は来る。
最初の状態のまま返すべきではないかと思う。
黙っている君子に、小山内は内緒ごとのように響きのない声で言う。
「何か 出てこないか」
「何かって」
「佳苗の」 言い淀むのは、それが日記の類を差すからだろう。
台所の棚から家計簿は出てきた。メモも書き込んである。
小山内が言うのは無論それではない。
「特に 何も」 君子は言った。探しても無駄だ。きっと。
書く事で紛らわす事が出来たのなら、あの手紙を送っては来なかった。
あれだけが佳苗の本心とも言える。
だがそれを受け取った君子にすらも、佳苗の気持ちの全部は理解できない。
ここに来てますます分からなくなった。
小山内は君子の想定よりずっと家庭的だ。悠斗は可愛い。
家計を預かってみて、そこに不満が生じようがない事も分かった。
この中で何が足りなくて、何が切なかったのか。
手紙の存在を小山内に教えるべきだと思う一方、
君子にだけ訴えた佳苗を裏切ってはいけないとも思う。
自分の知らない事がまだどこかにある。小山内の中にも。
「急がない が」 小山内は言った。そして遠くを見て呟く。「もう急ぐ必要はない」
無限にあるわけではない。君子は思う。
自分はいつかはここを去らなければならない。
その時を思って、君子は突然身の内に虚空を感じる。
自分はここから何ひとつ持ち出す事は出来ない。
自分はここから実家に何も持ち帰らない。
佳苗の事で何かが分かったとして、それがその後の自分に何になるだろう。
青木が言うように次の恋愛、或いは結婚の展望が開けるとは、
君子には思えない。
「君ちゃん」 悠斗が寄ってくる。
買い与えた文字の練習帳を持っている。
君子が座ると嬉しそうにそれを開いて見せた。
眺めては褒め、めくっては直し、声を合わせて読み上げる。

「子供が欲しい」 君子は言った。
悠斗を寝付かせた後、青木が二階に上がってくるのを待ち伏せた。
「そういう誘われ方も新鮮でいいけど」
冗談にする青木を追いかけて、その私室に入る。
先回りしてベッドに座る。
青木は拳を腰に当て、君子を見下ろした。
「迷惑はかけない。あなただって子供は好きでしょう」
「ここに来たという事は キャベツ畑では探せないって分かってるんだよな。
意味は全部分かっていて言うんだよな。俺に種付けをしろとな?」
「そんな言い方!」
「してるのはそっちだろう」
「だって!」 君子は両手で膝を叩いた。痛い。「……ごめん 悪かったわ。
あなたならいいかなと思った。思えた。だから言っているの。種馬なんて思ってない」
人間的に青木を認めていた。
肌を合わせる以上異性として受け容れる気は勿論ある。
いつかの接吻が不快でなかった事は自分でも分かっている。
「子供は 好きだよ」 青木は言った。
「でしょ!」 君子は勢いを取り戻す。
「だが。俺は俺の遺伝子が好きじゃない。自分の子供が欲しいわけじゃない」
「ええ?」
青木はため息をついてベッドの、君子の横に、君子から少し離れて座った。
「それに俺は 両親揃って子供を育てたいんだ」
青木の境遇を思い出す。衝撃を受けたのに、普段は殆ど忘れている。
何の苦労も知らず育ったように青木は見える。屈託なく人生を生きている。
君子の目に浮かんだ狼狽を察したのだろう、青木は続けた。
「別に自分の人生を補完したいと思ってるんじゃないぜ。
そういう事がどういう事か知りたいんだ。それ以前の興味もまだ満たしていない。
悪いが」 ドアを指さす。「今日のところは帰ってくれ」
「怒ったの」
「子づくり目的じゃなきゃ 応じてもいいが?」
君子は立ち上がる。



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by officialstar | 2012-08-01 15:33 | 星を問う
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