烏鷺

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星を問う 16


一周忌が近づく。
準備の大体を小山内が手配した。
何度か佳苗の実家に電話したようだった。
君子に頼みかけ、取り消すという事もあった。
気乗りしないが自分の義務だという様子に、
後日君子は佳苗の母親が苦手なのかと訊いた。
以前から気になっていた事でもあった。
小山内は最初少しばかり怒ったように口を結んでいた。
だが思い直してそれを開く。
「積極的に話したい相手では ない」
「どうして」
それでもまだ迷うかのように視線を泳がせる。
「佳苗を 悪く言う」
「悪く?」
「いや そうじゃない。悪口というのではない。
娘の至らなさを詫びるだけの よくある事なのかも知れない。
だが それがいちいち引っかかるのだ。聞きたくない」
「佳苗は料理も裁縫も 家事ひととおり出来たでしょう」
「俺に不満はなかったさ。料理の腕は誠司も褒めている」
「うん」
君子にとって佳苗は自慢の友人でもあった。
先から夫である小山内に正当に評価されていないような気がして、
それがゆえにこの小山内が嫌いでもあった。
佳苗の母も同じなのではないか。
「あまり何度も言われると 佳苗が母親に何かこぼしているのかと思えて」
「たとえば」
「俺の態度が冷たいとか うまくいっていないような」
「それは自分に後ろめたいところがあるからではなくて?」
先刻から小山内が不快を抑え込んでいるのは分かっていた。
それでも懸命に君子と対話している。
努力を酌んで寛容になりたいと思いつつも、そうできない君子だった。
性分と、自分は佳苗の側にいるという意識ゆえ。
小山内は奥歯を喰いしばるように喋り出した。
「結婚当初 いや 結婚前から。それこそ最初の挨拶からだ。
俺は自分で佳苗を選んだのだし家事能力を評価してそうしたのでもない。
結婚前の佳苗とその後に落差を感じた事もなかった」
「じゃ ……篠原惠とはどうして? いつから。怒らないで。逃げないで。
権利とはもう言わない。私は知りたい。私が知りたいの」
君子は誠意を込める。批判を消して懇願する。
青木の言葉、ひいてはその知人であるかつての少女の言葉が脳裏にあった。
愛情は変わるものなのか。
「……悠斗が生まれて から」 小山内は言った。
「妊娠中ではなく?」
「一歳になる 頃だったか」
「佳苗が育児に夢中だったから? やつれたから? 遊びたかった?」
「違う」 小山内は声を上げた。逃げ出したいのを必死に堪えているようだった。
この場に留まる事が佳苗への謝罪であったのか。或いは。
彼自身知りたいと思う事が出てきたのか。
「俺は悠斗が可愛かった。俺こそが夢中だった。
だが 俺が悠斗に入れ込めば入れ込む程 佳苗は沈んでいく。
マタニティブルーか育児ノイローゼかと思った。だが違う。
俺は俺なりに育児を手伝った。佳苗の為にも。何より悠斗が愛しい」
声に滲み出る悲壮感に君子は居たたまれなくなった。
小山内の浮気の糾弾と、これ以上の裏切りの阻止にこの家に乗り込んだのだが、
その目的を見失いそうになる。
悠斗が愛しい。それは嫌と言うほど見せつけられてきた。
苦手だった青木が人間味を増すと同時に、
彼の信頼を得ている小山内も違って見えてくる。
浮ついた気持ちで他の女に手を出す男には思えない。
しかしそれは事実なのだ。そんな女に一度は悠斗を預けようとした事も事実。
「悠斗を抱く俺を見る佳苗の目が 日ごとに痛くなる。
なあ? 訊きたいよ。どうしてなんだ? 佳苗の子供だ。俺と佳苗の子供だ。
それを愛しんで どうして佳苗に非難されなけれならない」
「非難 なの」
「他にどう解釈すればよかった? じっと悲しげに見られて どうしろと」
佳苗は子供好きだった。少なくとも君子よりはそうだった。
夫の愛情が子供に移ったからといって嫉妬する筈はない。
何がいけなかったのか。どこですれ違ったのか。
「……間違えないでくれ」 俯いて小山内は言った。
「え?」
「自分を正当化したいわけじゃない。俺が悪い。それは分かっている。
篠原との事は認める。隠さない。俺は答えた。教えて欲しい。
あいつは 知っていたのか? 佳苗は」
警察は事故と断定した。保険金も支払われた。
それでも疑いは完全には晴れない。君子には尚更だ。
切なくて。
だが佳苗の態度が小山内を浮気に走らせたのなら、
佳苗の悲嘆の原因はそこにはない。知っているかいないかなど関係ない。
君子は手紙を明かそうかと迷う。
小山内を探るのではなく、小山内と探す事にする。
しかしどうしても言い出せなかった。
「知らなかったと 思う」 それが精一杯だった。それで小山内は少しは救われる。
小山内は顔を上げて君子を見た。
唇が微かに動いたが、表情は暗いままだった。
発せられた言葉が「ありがとう」だと君子が気づいた時、
小山内は背を向けていた。
「佳苗の」 君子は急き込んで問う。「背中の痣」
疲れた顔で振り向いた。
「見てる よね?」
先日聞きそびれた事だ。恥ずかしがっている場合ではない。
「どう 思ったの」
「何も」 小山内は答え、前を見た。
だが歩き去るでもなくじっと立っている。
振り向かないまま続けた。「俺は佳苗が 他人の目を気にした事が許せない」
「え?」
「結婚前ならともかく。悠斗まで産んで完全に俺と夫婦になって
それでも尚 他人の目を気にして水着を嫌がった事が 俺には許せない」
追及を許さず小山内は歩き出す。
君子は立ち竦み、その言葉を反芻していた。



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by officialstar | 2012-07-31 14:27 | 星を問う
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