烏鷺

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星を問う 12


「彼女に何を言った?」 青木が訊く。
小山内はハンドルを切りながら「早速亭主気取りか」と揶揄した。
青木は朗らかに笑って「いいもんだね」と応じる。
休暇が終わったので揃っての出社である。
青木はバス通勤で申請を出していたが、時間が合えば一緒に動く。
小山内が答えようとしないので、青木はポケットから煙草を出した。
横目でそれを見て小山内は首を振る。青木はそのまま押し込んだ。
「どうでもいいなら吸わなければいいのに」
青木は黙って窓の外を見ている。
「篠原の事を訊くから」
「ああ」
「少しばかり無神経さに腹が立ったのさ」
それは友人に対する当てこすりでもあった。
察して青木はいたずらっぽく首を竦める。
「お前たちは平気で土足で入り込む。権利? 何の権利だ」
「彼女は佳苗さんの代理人だろう。その意味で。
佳苗さんに知る権利のあった事は当然彼女にもある」
「お前にも?」
青木は唇の端を上げ、首を傾げた。こめかみでガラスを打つ。
「知りたいさ」
「知ってるとばかり思っていたが?」
「推測でしかない。勘でしかない。お前の口から聞きたい」
「聞いて?」
「ピースが足りない」
「まず自分で誰かを好きになる事だろう」
青木は動作を繰り返す。その度ガラスが小さく鳴る。
小山内はため息を吐いて「煙草 吸えよ」と言った。
箱を取り出し青木は一本抜き取る。唇に咥えるが、ライターは握ったままだった。
「恋愛の真似事はしたさ。最中は真似事とは思ってない。
でも終わってみると何も残っていない。
いてもいい いないならいないでも構わない」
青木は視線を落として煙草を見る。
小山内は問う。「君子も?」
「まだいて欲しいな。面白いもの」
「人を愛した経験がないと言ってやったら凍りついていたぞ」
青木は腕を上げて時計を見る。
「何だ?」
「そろそろ悠斗の園バス時間だろ」
「ああ」
小山内は青木の指を見ている。薬指を飾る銀色のリング。
束縛を楽しんでいると小山内は思った。
結婚も育児も遊びの範疇なのだろう。それだからこそ悠斗が懐く。
「結局のところ 篠原とはどうなの?」
「別れた」 小山内は言った。
青木は「ふうん」と鼻に通したきりだった。
「重いのも面倒事も嫌だと言われた」 小山内は言ったが、
その口調には相手を説得する熱意に欠けていた。
嘘を言っても青木には通じない。だが本心を素直に明かす気にもなれない。
青木は煙草に火をつけて、窓を少し開けた。
「君子とは やっていけそうか?」
「重くもないし 面倒でもない」
「そう見えるが?」
「重いけど」 青木は認めた。「寄りかかってくる重さじゃないし
面倒そうだけど 意外とシンプルな気もする。
佳苗さんは何て言ってた? 彼女の事」
「あまり聞かない」
「学生時代の友人なんだろう」
「中高一貫校だ。世間で言うお嬢様学校 になるかな。
その中学からのつきあいだ。クラスが違っても一緒に通学していたらしい。
地下鉄の乗り換え駅で待ち合わせて……」
「駅から近いんだ?」
「星が丘駅 と言ってもお前は知らないだろうが そこから10分」
青木は口の中でその駅名を呟いた。そして笑い声を洩らす。
「少女趣味?」 小山内が訊く。
「だな」
「所在地は桜が丘だ」
「桜の園」
「でもない。つつじが見事だそうだが」
「セーラー?」
「セーラー」
青木は煙草を燻らしながら思いを馳せているようだった。
それこそ甘ったるい少女趣味な世界だろう。
「温室だったと言っていたな」 小山内は思い出す。
学生時代をあまり語らない佳苗だが、一度その言葉を使った。
私たちは温室の中にいたのだから仕方ない。
自嘲に思えるそれを、しかし佳苗は夢見るように言った。

悠斗をバスに乗せ、君子は仏壇の前に座った。
佳苗とふたりきりになるのはそれが初めてだった。
無論君子には仏壇の中に友人がいるなどという感傷はない。
家の中に点在する佳苗の日用品にこそ強く感じる。
そこに品はあるのに、それを使う人はいない。
死の当日まで使っていたものがそこにある。
当たり前にその蓋を取り、当たり前に中身を使い、
そうして出かけたまま佳苗は戻らない。
クローゼットの衣類の数々。
小山内は君子に整理を依頼したが、手をつける気にはならない。
少し脇に押し遣って、隅に自分の服を掛ける。
佳苗の使っていたシャンプーやコロンの香り。君子はそれを知らない。
だが不思議とそこに佳苗の顔が浮かぶ。
浮かぶのは中学生の時の彼女だ。あるいは高校生の。
制服を着た、少し唇の厚い、目の大きな、真っ黒な髪の佳苗。
意見のぶつかりも、喧嘩も当然あった。
日常は泥臭い程に日常であったのに、思い出になるとどうしてこんなに甘いのか。
あれ程までに不自由を覚えた校則の中での生活が、
振り返ってみれば自由と可能性に輝いている。
切ないと書き送ってきた佳苗に、りんを鳴らして「そうだね」と応えた。
躓いた時に思い出はより鮮明になる。
小さな悩みも諍いも、テスト勉強までもが。
「でも佳苗。死ぬほどの事じゃ ないよね?」
篠原惠の影さえなければ?
いいや。君子は改めて思う。
たとえそれを知っていたとしても、負ける佳苗ではなかった筈だ。
それとも全部が幻影になってしまっていたのだろうか?

切ない。
ああ。あの頃に比べたら何て無力なのだろう。
現実を知った分だけ魔法の力は消えていく。



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by officialstar | 2012-07-22 09:34 | 星を問う
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