烏鷺

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星を問う 8



荷物は出来ていた。
当面のものだけでいい。服は季節ごとに取りに戻る。
チェストをひとつ入れる事にしたが、新しく購入したので家具店から直接だ。
寝具は客用のがあると言われた。キッチン用品は揃っている。
何も、要らない。
段ボールと旅行鞄での嫁入りだった。
君子の家族と、青木と小山内、そして悠斗で食事をした。
小山内が君子の両親に、座敷に正座して頭を下げた。
その横で悠斗が教えられたとおりに父を倣った。
「悠斗くんさまさまなんだって 君子に言われましたから」と君子の母は言った。
佳苗の母にも知らせは出したのだが、祝い金だけが送られてきた。
電話で礼を告げたら悠斗をよろしくと言われた。
娘の死から半年も経っていない。君子はその気持ちを察した。

一階はLDKと和室、北側に物置と化している洋間。
二階に夫婦の寝室と将来の子供部屋が二部屋。予備室として和室。
古い民家だけあって広さは充分すぎるほどだった。
小山内は一階に居室を移した。
北の洋間を片づけ何れはそこにベッドを入れると言う。
暫くは和室に布団を敷いて寝る。佳苗の位牌の加わった仏壇はそこにあったし、
悠斗が来れば一緒に寝る事も出来る。
夫婦の寝室を君子と悠斗で使う事になっていた。
青木は広い方の子供部屋にアパートから家具を移した。
寝室のベッドはダブルサイズとシングルだった。
ダブルの方に、佳苗がそうしていたように君子も悠斗と寝る。
「新婚旅行は後日という事にして とりあえず3日休みを貰った」
青木は言った。
「悠斗にずっと寂しい思いをさせたてから 遊びに連れて行こう。
足りないものの買い足しと 近所回りと あと何かある?」
「家の中の説明をしておかないと」 小山内が言った。「家電の扱い 分かるか」
君子は押し黙る。
家事らしい家事をした事がない。
一時期お菓子作りに凝った事はあるが、料理は全くで、洗濯は親任せ。
いまどき家事など家電が全部やるものだと思っていた。
「おいおい」と君子は言った。「おいおい 覚えていきます」

それぞれの寝室に別れた。
悠斗は興奮で暫く寝そうにない。
初日から母親ぶることもないだろうと、君子は寝かしつけるでもなく相手をする。
ドアがノックされた。
青木だ。
どうぞと応えると、グラスとボトルを持った青木が入って来た。
「何考えてるの」
「氷 要る?」
「要らない」 酒も。
「別に襲ったりしないよ。お祝いじゃないか」
パジャマのポケットから指輪の箱を取り出した。
ありがちな、青の縦縞のパジャマ。
皺の寄ったそれを、似合わない事にも気づかず着ている青木が
君子の目には変だった。
ベッド横の電話台と思われる家具にグラスを並べ、酒を注いだ。
箱のふたを開け、指輪を取り出す。
悠斗が君子の膝に乗り、青木の指先を見つめた。
「何?」
「指輪」
「何をするの」
「結婚式。結婚式って分かる?」
「知ってる」
指輪をつまんで、青木は君子に掌を差し出した。君子は首を振る。
その手首を握ると引き寄せ、青木は薬指に指輪を捻じ込んだ。
「痛い」
「太った?」
「まさか」
青木は笑って、指輪の残った箱を君子に渡した。
そして自分の手を出す。
君子は拒みたかったが、悠斗のきらきら期待に輝く瞳に負けた。
同じように青木の指に指輪を嵌めた。
青木がグラスに手を伸ばそうとすると、悠斗が「キスは?」と言う。
「ねえ? キスするんだよね?」
しないよと君子は喰いしばった歯の奥で呟く。
青木は「いい事言うなあ 悠斗は」と子供の頭を撫でる。
その悠斗を君子は抱き締め、頬に唇を押し当てた。
渡されたグラスまでは断れず、君子は青木と乾杯をした。
左手の指輪が痛い。
太ったわけでもサイズを間違えたわけでもない。
それは関節を通り、特に食い込むでもなく指に嵌っている。
左手の薬指は心臓に繋がっている。
その言い伝えは本当なのかも知れない。この指は特別な指なのだろう。
妙な熱で心臓を掴む。
こんなものに支配されてたまるものか。
「今日だけよ」 君子は言う。
「分かってる」 青木は言った。
そして指を広げて手を見る。長い指だから指輪も映える。
「所詮はもの だ」 青木は呟く。「誓いは言葉で 婚姻届は紙だ」
「最初から誓いもないじゃない」
「だから気楽だろう?」 青木はグラスを満たす。
一杯目は君子に合わせて少量だったので、君子はそれを許した。
そして自分も間を持たせるためにグラスを手にした。
「好きなの?」
「何が」
「お酒」
「人生を彩るものは何でも好きさ」
「煙草は」
「煙草も。でもここでは吸わない」
「自分は条件がいいって言ったわよね」
「言ったっけ」
「実際そうでしょう。ほぼ三高で 容姿も嗜好も難がない」
うふふと青木は声を出して笑った。
その真意は君子には全く分からない。
「誰もいなかったの? おかしいわ それ」
「こっち来て 小山内に夢中だったからなあ」
グラスに口をつけたところだった。
短く息を吸い、中身をなめる程度に流して、気を落ち着かせる。
これは策略だ。
「小山内と佳苗さん 可愛い悠斗。今よりもっと可愛かったんだぜ。
理想の家族だろう」
「で」
「うん」 青木はグラスの中を見ている。回転させ渦を楽しむ。
君子は待つ。



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by officialstar | 2012-07-13 12:01 | 星を問う
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