烏鷺

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星を問う 7


青木はスーツを着ていた。
その普段着が想像できないだけに、君子は納得してしまったが、
スーツには理由があった。
「指輪を買ったら 君の家に行く」
「要らない」
「行く」
「どっちも要らない」
「結婚は責任だよ」 青木は言った。「親御さんにあまり失礼をしたくない」
「礼を問うなら」 君子は尚早と知りつつ言った。「どうして見逃せるの」
「何を」
「篠原惠」
青木の表情の変化を見落とすまいと君子は青木の顔を見つめていた。
はぐらかされると思っていたが、青木は真剣な面持ちで君子を見返した。
数秒の後、ため息をつく。
「せめて僕に婚約気分を堪能させてよ」
「持ち合わせがない」
「篠原との事は 僕が小山内と知り合う前の事だもの。
男はどうしたって男の味方だからね。その事で小山内を責めた事は うん ないよ」
君子は意外な気がした。それこそ学生時代からのつきあいだと思っていた。
だが青木は二年半前の自分の赴任以来だと言う。
「じゃ篠原とは3年以上になるという事? あなたはそれをいつ知ったの」
青木はじっと君子を見た。どこか深遠なその眼差しに君子は動揺した。
「事故の連絡を受けた時ね 傍にいたんだよ 小山内の」
さりげなく君子の腕を取り、歩き始める。
話の続きが聞きたくて君子はその歩調についていく。
「電話を切る事も出来ないくらいに 彼は震えていた。目の焦点もおかしかった。
小山内の口から 自殺と零れた。立っていられなくなったから 支えた。
篠原の事を知ったのはその時だ」
ではこの人は 少なくとも小山内を止める機会は持たなかったのだ。
君子は思う。
「あなたはどう考える?」
「何が」
「佳苗が ……佳苗の死が」
「事故だよ」 青木は言った。「あれは事故だ」
「なぜ言い切れるの」
「それこそ なぜ 自殺だと思う?」
君子は黙った。青木は続ける。
「佳苗さんは気づいていなかった。僕は月に何度もあの家に泊まっていた。
小山内と佳苗さんが一緒のところを見ていた。僕は何も気づかなかった。
もしあの夫婦のどちらかが浮気をしていたとしたら
それはむしろ佳苗さんの方のように思える」
「佳苗に限って!」
青木は掌で君子の攻撃を遮った。「勿論 そんな事疑いもしなかった」
足を止める。君子は咎めるように青木を見た。
青木は店舗の看板を指さす。
それを見て君子は言った。「要らない」
「でも 結婚指輪は要るだろう?」
店に入ってしまう。君子は仕方なく続く。
暫く店員はふたりに任せて、寄って来なかった。
君子は青木と並んでウインドーを覗くふりをした。
「だがね 佳苗さんの方が 何かを抱えているように見えたんだ。
そのあまりの甲斐甲斐しさや 小山内を見る視線に」
いきなり話を切って「あれ どう?」と指さした。
君子は「石は要らない。平打ちの結婚指輪を見せてもらいましょう」と言った。
顔を上げると店員と目が合った。
歩み寄る店員に要望を伝える。青木は未練げにウインドーを見ていた。
それは君子の誕生石ではあったが、偶然なのかどうかは分からない。
奥のカウンターに案内され、いくつか見本を見せられた。
君子は青木に選ばせた。自分はどうせしない。
「悠斗くんはまだ小さいし 私は家事に不慣れだから一日中水を触っている。
必要だと言うのは あなたなんだもの 好きなのに決めたらいい」
「君は人生を楽しむのが下手だな」
いくつか試して青木はひとつを選んだ。
サイズを測り、刻印をどうするか訊かれた。
「何も」 君子が言う。

青木は花を買う。君子の母に渡すのだと。
酒を買う。君子の父と弟と飲むのだと。
君子は両親の良識と弟の観察眼に期待してみる事にした。
青木という人間をまず知らなくてはならない。
つかみどころのない、いい人間なのか嘘が巧い男なのか君子には分からない。

両親は青木を気に入った。青木は両親の事を君子に誉めた。
望んでの結婚ならば自分はどんなに恵まれている事かと君子は思う。
弟とは君子の知らない外国の女優の話で盛り上がっていた。
おそらくそれだけの事で弟は彼を「いい人」と言うだろう。
彼の好みを理解する人間に彼にとっての悪人はいない。
「姉さんには合ってるんじゃないかな」 彼は言う。
どのあたりがと問えば「鋭いところと抜けているところが」と答えた。
冴えた部分もあるが、感覚に頼り過ぎているところもある。
その凹凸が君子とは逆で、それゆえ一致するのではないかと。
「知った口を」
「自分で選んだんだろ? そうじゃないのなら 何が決め手さ」
つまりは弟のメガネにも適ったという事だ。
それらの結果に自分は安堵すべきなのか、破談の時に与える衝撃を憂うるべきか。

「何を見ているの?」
「あなたに決まっているでしょ」
「思ったよりいい男?」
「私 いい男の基準が分からない」
「教えてくれたら 合わせられるのに」
「少なくとも」 君子は言った。「私のいい男はそんな事 言わない」
青木は笑う。
何もかもゲームなのか。全部を彼は楽しんでいるのか。
退職の日に指輪が出来上がる。



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by officialstar | 2012-07-11 15:20 | 星を問う
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