烏鷺

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星を問う 6


帰宅すると家族がリビングに揃っていた。
両親と、三つ離れた弟。暫く談笑に加わった後席を立った。
ひとりになって考えるつもりだった。
だが、リビングのドアに嵌ったガラスに映る君子を、衝動が襲った。
振り返って言う。
「結婚したい相手が いるんだけど」
それが冗談でないと分かるや、母親が急に華やいだ。
事情を知る君子よりずっとはしゃいだ。
式は当面挙げないと君子は宣言したのだが、萎んだのは一瞬で、
いわゆる「嫁入り支度」に取り組む意欲に燃え上がった。
友人や知人のそれで規模は分かっている。
箪笥何竿、着物と帯に、洋装小物。真珠と金と銀。冗談ではない。
要らないと君子は言った。事情を繰り返し、急ぐのだと言う。
「悠斗くんの為に一日も早く一緒に住みたい」
「あんた そんな」
「悠斗くんの事がなければ 私 結婚踏み切れなかったんだから
悠斗くんさまさまでしょ」
父親は娘の結婚そのものと、妻のその浮かれっぷりを喜んでいた。
即刻家を出ると急かす娘に寂しさはあったようだが、
それすらも焦らされてきた親には心地良い感傷だったようだ。
弟が一番冷めていて「どうして急に?」と訊いた。
「結婚する気 ないとばかり思ってたのに」
「いい人が見つからなかっただけ」
「じゃ いい人 なんだ? 青木さんだっけ」
青木に教えられた大学名と手取り額で両親は納得していた。
娘を信頼しているといえばそうかも知れない。
それだけの事と、娘の友人の夫の友人というだけで身元保証になる。
「なんかな」 弟はまじまじと姉を見た。
「何よ」
「結婚が決まった女に見えないんだよな」
「嫁入り前の箱入り娘ですけど」
「そうじゃなくてさ」 説明が面倒になったのか、そこで打ち切ってしまった。
言いたい事は分かっていた。
青木に恋もしていないし、結婚を祝福してもいない。
これから掛かる作業は全部ただの引っ越し準備である。
それも。敵地に赴く覚悟なのだ。そしていつか帰る事前提だ。
弟にはその冷め具合が分かるのだろう。
仲のいい姉弟だった。

パート待遇で働いていたが、惜しい職場でもない。
趣味と家に入れる食費の為でしかなかった。
貯金はそこそこある。青木は「主婦の正当な報酬」を払うと言う。
小山内もそれは言った。受け取るつもりだ。
可能な限り近日に。職場に退職を通告した。
引継ぎで連日残業になる。
青木と会う暇もない。
入籍をすると連絡しただけだった。
ある日、ぐったり疲れて帰ると母親がうきうきと電話を差し出した。
「あおき さん から」
そう。携帯の番号さえまだ伝えていない。
これはまずかったと君子は思ったが、青木は上手いこと、
「ご家族の方にもご挨拶したくて」と誤魔化したようだ。
母は若い娘みたいに、自分の夫に「ぞくぞくする声」と報告していた。
「どうも」 君子は受話器に言った。
「変わりなく? いつ 来られそう? 待ち遠しいよ」
「悠斗がね」 君子は小声で返した。両親が聞き耳立てているのが分かる。
「週末 時間とれるかな」
「少しなら」
「指輪 見に行こう」
「はあ?」 思わず上げた声を、慌てて抑える。「結構です」
「僕が勝手に決めていいの? サイズ教えて貰わないと」
「知りません。要りません」
背後に衝撃を覚えた。母だった。睨んでいる。
「……とりあえず 待合わせましょう。小山内さんのお宅でいいですか」
「駅前がいい」 青木は言った。「デートだから」
君子は電話を切った。
「何て口のきき方するの」
騒ぐ母の横を通り抜け、二階に上がる。
早いところ携帯の番号を教えよう。
自分はもっと青木の事を知らなければならない。その本意も含めて。
会うたびに印象が変わる。一度目は親切でスマートな青年。
二度目には苦手だと感じた。忌明けの時もずっと不快だった。
その青木が指輪を買いに行くと言う。これは罠なのか。だとしたらどんな?
自分は彼を味方につけなければならない。
それが無理でも把握だけはしておかなくてはならない。
あの家を篠原惠から守るために。

ベッドに鞄を投げつけた。
どうして。
どうして男は。
夫の浮気を別の友人から訴えられた事がある。
電話口で泣きじゃくる友人にかける言葉はなかった。
また違う友人からも聞かされた。結婚前の知り合いとだと言う。
男が他の女のものとなったと知って未練に思う女もいるのだ。
その誘いに男が乗らなければ何も始まらないのに。
それはそんなにも当たり前で、そんなにも簡単な事なのだろうか。
篠原とはいつから? 
青木はどこまで知っているのだろう。
そこで急に足から力が抜けた。
自分にそれを知る権利は果たしてあるのだろうか。





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by officialstar | 2012-07-10 09:37 | 星を問う
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