烏鷺

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星を問う 5


場が一瞬静止し、動き出す。
篠原は茶器を取り、小山内は背もたれに沈む。
「君が?」 青木が言った。
君子は背筋を伸ばした。
「しかし君だけがここに来たのでは 世間は許さない。
君がどうあろうと 一般的に女性であることは篠原と同じなのだから」
青木はまだ面白がっていた。
持っているジョーカーを手の中で玩んでいる。
だが小山内には彼の遊びにつきあうつもりはないらしい。
「設定は同じだ。青木と夫婦になる」
君子の視線を受けて青木は頷いた。
「実態は いいよ。そちらの好きで。誰と寝るのも自由だ」
悠斗の手が君子の膝に触れた。
険悪になった大人たちに不安を覚えたのか、君子を懸命に見上げてくる。
君子は悠斗に「お姉ちゃんと一緒に寝る?」と訊いた。
明白な表情の変化や返答はなかったが、その唇の端がむずがゆそうに上がった。
笑顔になりかけの、しかしそれを躊躇う顔だった。
「だが篠原と同じにはいかないだろう」 小山内が言う。
「私の親は 私が何をしても何も言わないけれど」  篠原が入る。
「由井原さんの親御さんは未婚女性のそういうの どうかな」
君子の興奮が一気に冷めた。
許すとは思えない。振り切れば済むのだが、気は引ける。
親友のためという説明で理解を得られるだろうか?
男性二人との共同生活を父親は認めないだろう。
「僕はね」 青木は馴れ馴れしく言った。「正式に結婚しても構わない」
「は?」
「由井原さんと結婚しても。由井原さんがいいなら」
「つまりは あなたに戸籍を汚す覚悟があるかという事だ」 小山内が君子に言った。
「他人の家の事情に踏み込むのだもの。それぐらいは」 篠原が言う。
男たちから向けられた視線にまた首を竦めた。
青木は続けた。
「僕との結婚という事になれば 親御さんも許してくれるんじゃないかな。
ここに住む事も ここは君の実家からそんなに遠くないし」
「待って」 君子は右手を小さく上げた。
話が飛び過ぎる。どうして自分の結婚の話になっているのだろう。
この青木と? 私が?
「悪くないと思うよ。年収を言おうか? 出身大学? 末っ子で親は地元にいる。長男夫婦と」
「あなたのメリットは」 君子は怒って言う。
「君だって条件悪くないだろう。佳苗さんと同じ学校で 弟さんがいるんだよね?」
「そういう事じゃない。あなたにだって離婚歴はつくわ そのメリットは」
青木はそれをゲームとしか考えていないように笑う。
この場限りの遊びではないのに。
「デメリットより ここに関わっていたい要求の方が強い」
君子は悠斗の肩を抱き寄せた。ただひとりの味方だ。
その可愛い手は君子の膝に預けられたままだった。
結婚に夢も甘い希望もない。結婚願望そのものがない。だからどうでもいい。どうでもいい筈だ。
青木がいいと言うのなら婚姻届を出す。それだけだ。
嫁き遅れを案じている両親にもそれで充分だろう。
式は佳苗の喪が明けてからとでも言い包めてしまえ。
「未婚のままでも同居が認められるのなら それでもいい」 青木は言った。「選択肢のひとつだよ」
君子は正面を見据え「ここに来ます」と言った。

結婚を決めたわけではなかった。
ぎりぎりまで方法を模索する。それは最後の手段だ。


「彼女 どうするだろうね」 青木が言った。
悠斗は既に布団の中だった。
小山内は青木に差し出されたグラスに首を振った。
「乾杯してもいいのに」 青木はひとりで酒をすする。
「時々お前が分からなくなる」
「そうかな。俺は最善の策だと思うよ」
「悠斗にはそうかも知れない。なぜだか彼女に懐いている」
「俺にもね」 青木は嬉しそうに言う。
小山内は不機嫌だった。
「計算通りに事が運んで 何が不満だ?」 青木は訊いた。
「計算通り過ぎた」
「気が強いくせに単純なんだな。単純だから気が強いのかな」
「俺は本気じゃなかった」 小山内は言う。「多分本気じゃなかった。
どこかで彼女が引くと思っていた。普通じゃないだろう。こんな共同生活。
彼女は何を目的で乗り込んでくると思う?」
「まず悠斗」 青木はグラスを回す。「それからお前の浮気の糾弾と 阻止」
小山内がため息を吐いた。
青木は水滴のついたグラスを小山内の額に押しつけた。
「望んでいたのじゃないのか?」
「誰が」 小山内は頭を振ってグラスを押し遣り、青木を見上げた。「お前が?」
「俺は全然。俺は 君子との生活を楽しみにしているだけ」
小山内は違う生き物を見るように友人を見た。
あの鼻っ柱をへし折りたいとでも考えているのだろうか?
じゃじゃ馬を飼い慣らしたいと思っているのか。
自分たち親子のためとはいえ戸籍を投げ出す意味が分からない。
知り合って二年。知るには短いが、惹かれるには充分だった。
だが好意だけでこれは割り切れない。
「やめないか」
「何を?」
「お前がゲームと思っていること」
「ゲーム? 俺が?」
小山内は黙る。やめて困るのは自分だ。哀しむのは悠斗だ。
君子は悠斗に泊まりに来てあげると約束して帰った。
それからずっと一緒だよと彼女が言うと、悠斗は小指を出した。
母親の事を何も訊かないだけに不憫だ。
「言っただろう 最善の策だと」 青木は言う。




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by officialstar | 2012-07-09 11:06 | 星を問う
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