烏鷺

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星を問う 4

小山内の自宅で忌明け法要が行われた。
まだ暑かったが、暦は秋だった。時折の風がそれを思い出させる。
君子は佳苗の母に挨拶をして、裏方に入ろうとした。
小山内の姿を探し、先に青木を見つけた。若い女性が一緒だった。
君子に気づくと招くように目線を合わせてきた。
「こちら篠原さん。会社の同僚で 佳苗さんの後輩でもある」
同じ学部の後輩が入社したと、佳苗に聞いた事がある。
では彼女がそうなのか。二年後輩の筈だ。
「葬儀の時はご無礼しましたが 今日は女手が必要との事で手伝いに伺いました」
君子は無遠慮と思いつつ篠原を観察した。
年下相手に君子は気遅れを感じた。結婚しているようにも見えない。
圧されるまいと君子は持参の紙袋を持ち上げて見せた。エプロンが入っている。
「私も何かさせて頂こうかと」
「悠斗の相手を頼めたら嬉しいな」
青木が呼ぶと悠斗が駆けてきた。犬のようだと君子は思う。よく懐いている。
覚えているかしらと君子は思ったが、悠斗はいきなり君子の手を握った。
「見せてあげる」
篠原に気を残しつつ、君子は悠斗に引っ張られて庭に出た。
花壇の前で二人並んでしゃがみ込み、来客が揃うのを待った。
会社関係の人間が主だった。篠原が接待役に適任なのは当然なのだが、君子は釈然としない。
そこに女性がいること。その振る舞い。
佳苗の母に親戚の紹介を受けながら、それでも蚊帳の外の印象は拭えなかった。
青木が殊更にそう立ち回っている気さえした。
その場に女主人がいるとしたら、それは間違いなく篠原で、
佳苗の母でも君子でもない。
君子は心のざわつきを抑えられずにいた。

法要は終わり、料亭に移動しての膳も済んだ。
佳苗の母はそこから直接帰ったが、君子は悠斗に手を引かれて車に乗り込んだ。
運転席に青木。助手席に小山内。後部座席に悠斗を挟んで君子と、篠原惠。
悠斗は君子に凭れながら、時々篠原を窺う。
初対面に思えた。
辞すべきだと思いながら小山内宅にあがる。
篠原が帰るまでは自分も帰るまいという気持ちがあった。
リビングに落ち着き、篠原がキッチンに消える。青木が後を追う。
或いは青木の恋人かも知れない。だが君子は最初からその可能性を認めていなかった。
「悠斗くん どうですか」 君子は小山内に訊いた。
小山内は一瞬ためらい、預け先に苦労していると言った。
繁忙期に入れば会社もいつまでも寛容でいてはくれない。
青木を頼るにも限度がある。
家政婦を探しても勤務時間の折り合いがつかない。
「まだ母親の必要な年だし」 小山内は言う。「一日他人の中というのも可哀想だ」
トレイを手に青木と、篠原が戻った。
篠原が青木の持つトレイから茶器を配っていく。悠斗には炭酸の入ったコップ。
添えられた茶菓はまだ夏のものだった。透明感が涼やかな空気を漂わす。
一口茶を含み、小山内が言った。
「誰か女性に来て貰おうと考えている」
君子は訝しげに小山内を見る。
家政婦も近所の人も女性に違いはないだろう。
敢えてなぜそこで言う。
君子は篠原を見る。落ち着き払った様子で、婉然とすら映る笑みを浮かべた。
「駄目」 君子は知らず、言っていた。「そんな まさか。駄目に決まってる」
君子が全部を悟ったと判じ、小山内は守備固めに入る。
「何か月かで交替されていては悠斗も懐かない。家庭にはならない。
私にしても仕事を犠牲にしたくはない。先が長いんだ」
「だからって 許される事じゃない」
小山内と青木と篠原。視線に囲まれ君子は絶望的な気分になった。
もう疑いの余地はない。篠原は青木の、ではなく小山内の女なのだ。
三人の、君子を見る目がそれを告げていた。
「世間的にも」 君子は浮かんだ言葉に縋り付いた。「そうだわ。世間が許さない」
だが勝利を味わう暇もない。
「彼女 だけならそうだろう」 青木が言った。
「え?」
「篠原だけがここに来たのでは あまりに不謹慎だ。だが どうだろう。
友人夫婦が 同居する という形であれば?」
「え?」
君子の混乱を青木は楽しんでさえいるようだった。
間を開けたのは君子の理解を待っての事ではなかった。
青木が先を続けようとしないので小山内が代わりに言った。
「二階が空いている。夫婦に間借りさせ 家賃代わりに主婦代理を頼む」
君子は凍りついた思考を懸命に動かした。
篠原が小山内の愛人であるならば、その夫婦の夫の方は誰なのだ?
既婚ならば彼女の夫? 未婚ならば婚約者? どちらにしても不道徳極まりない。
それを平然と告げる小山内。佳苗の夫がそんな人間だったなどと信じたくない。
いや。それ以前にそんな人間たちに悠斗を任せられない。
「夫婦というのは 想像どおり この篠原と」 小山内が言う。
「私だが」 青木が言った。
君子は青木を見る。
「夫婦ものというのは表向きだ 想像どおり」
「実際に籍が入っているかどうかなんてわからないでしょう 世間には」 篠原が言った。
彼女の発言は本来認められていなかったらしい。青木が咎めるように彼女を見た。
篠原は首を竦め、それでも君子を視線で挑発するのはやめなかった。
彼女を睨み、青木を睨み、最後に小山内を睨みつけた。
「そんな事 許さない」
「誰が」
「佳苗が」 神が、とは空々しくて言えなかった。
「しかし彼女はもういない」
「では 私が」 君子は言った。
「だが現実問題として悠斗を誰がみてくれるのか。あなたは傍観者で 他人だ」
あからさまな誘導であったのに、君子は気づかない。まっすぐにそれに乗ってしまった。
「私が!」 君子は叫んでいた。



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by officialstar | 2012-07-07 10:22 | 星を問う
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