烏鷺

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星を問う 3

腕を組んで電話器を見下ろした。
親指の爪を前歯の隙間に当てる。
電話台に置いた佳苗からの手紙を取り上げ、部屋に戻る。
携帯で掛ければいいのにと母親が言った。
小山内と直接的に繋がりたくないと君子は思う。

佳苗からの手紙は抽象的な文で埋められていた。
不満のない今の生活の不満。漠然とした不安。過去を偲んで今を憂う。
寝転んで便箋を天井照明にかざす。行間に隠されたものを探す。
佳苗は何かを訴えたかったのではないか。
一見理想に見える夫婦の、その裏に潜むもの。
安定した日々の中に潜む危機。
君子はもともと佳苗の夫が好きではなかった。
それを言うならば友人たちの伴侶の誰もが好きでなかった。
自分が彼女らを大切に思う程に、彼女らは夫に大事にされているように見えない。
友人たちの人間的魅力を、その夫たちは正当に評価しているのだろうか?
殊更に独身主義を唱える気はなかったが、
嫁き遅れるにつれ、結婚への希望や願望も薄れていく。
結婚した友人らを羨むのは、乳幼児であるわが子を抱いている時ぐらいだ。
母親の顔になり、柔らかな肉を宝物のように抱き上げる手の優しさ。
夫らが彼女らを理解しなくても子供は絶対の信頼で母を慕う。
君子は悠斗の小さな手と指を思い出していた。
きれいな白い頬。アトピー体質は遺伝しなかったようだ。
佳苗は高校入学の頃まで喘息の発作をおこしていた。
成長と共に、かつその分野の薬剤開発により、症状は落ち着いていったが、
体育の授業を見学したり、着替えの時に肌を見せたがらなかったりという事はあった。
季節によって悪化するらしい。
佳苗は気にしていたが、そんな事は些細な瑕疵のひとつに過ぎない。
女性らしい顔立ち、少し甘ったれた喋り方。
だが柔らかな外見の内側の彼女を、小山内はちゃんと見ていたのだろうか。
「事故 だよね」 君子は手紙を握り締めて呟く。「事故 なんだよね」
だが佳苗が泣いていた事実は消えない。


日曜日。君子は花とケーキを持って小山内家を訪問した。
駅から10分ほど歩いただけなのに、田舎とも思える住宅地に入り込む。
もう少し奥へ行けば農家が混じる。
小山内家は庭のある、純和風家屋だった。
亡き両親の遺した家を内装だけ変えて住んでいるのだと聞いた。
庭には花に混じってプチトマトなど素人農園を思わせるものも植わっている。
君子が最後に訪問したのは悠斗の出産祝いを持参した時だ。
佳苗と悠斗が庭で遊ぶ光景が見られなかったのは残念であった。
花を小山内に渡し、祭壇の前に座る。
小山内はケーキの箱を悠斗に運ばせてキッチンに消える。
両手でそれを持って「ありがとう」と頭を下げる姿はとても可愛らしかった。
こんな子を置いて。君子は腹を立てる。
まだ死を悼むには至っていないのだ。
写真の友人は学生時代のように屈託ない。目を凝らせば端に子供の髪が映っているのが見える。
あんな手紙送ってくんな。歩道の端っこで考え事なんかすんな。
語尾にいちいちバカがつく。
リビングで食器の音がした。悠斗の小さな足音が近づく。
「お茶が はいりました」 
君子は立ち上がって隣室に移動した。
テーブルには茶器がみっつ。マグカップがひとつ。
君子はマグと並んだ方の茶器の前に座った。悠斗を隣に招く。
階段を下りる足音がして、やがて青木が姿を現した。
君子はバッグから袋に入れたハンカチを出す。
小山内と青木が並ぶ。青木の事を佳苗から聞いた事はなかった。
同い年だろうか。青木の方が少し若く見える。独身ならばそれが普通なのかも知れない。
「お忙しいところ 煩わせてしまって」 君子は言った。
小山内は「忌明けまで これで一段落です」と応えた。
話が途切れる。
訊かなければと思い、だがその意味するところを考えると言い出せない。
君子は迷い「警察の 事故の処理の方はもう?」と切り出した。
「もしかして 疑っている?」 訊き返したのは青木の方だった。
「誠也」 
青木は小山内を見て「不安は共有した方が薄れるよ」と言う。
小山内は顔を背けた。
青木は指を組んで君子を見る。「何か気になる点 ありますか」と訊いた。
警察の方は事故として処理する方向でいる。小山内にも異存はないと説明する。
君子は手紙の事を話そうか迷う。しかしそこには何も書かれていないに等しい。
遺書というには曖昧で、死を願うには弱かった。
それを書く事で佳苗は気持ちの整理をつけたようにも覗える。
最後は「今度会ったら楽しい話をしよう」と結ばれていた。
「何か 聞いてますか?」 青木が重ねる。
探られている気がして君子は「いいえ」と答えた。
この人は苦手だと思う。
「ご主人の方に 何も心当たりがないのなら いいんです。
状況も事故の線が濃厚ならば。大体が佳苗に限って」と悠斗を見た。
悠斗はケーキを見ていた。
君子の視線を追った小山内がそれに気づき、「頂きます しなさい」と言った。
悠斗は両手を合わせて、ケーキを食べ始めた。無心のその姿に大人たちは見入る。



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by officialstar | 2012-07-06 13:55 | 星を問う
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